第9話『姉よ! ~ Sister II』

Scene-1. 1999年6月11日 金曜日 新世紀科学研究所・客室

 夜のとばりが降りる頃、スイシーゼはやっと落ち着いてベッドに横になっていた。記憶を取り戻してから父の死に一日中泣き明かし、今は静かに寝息を立てている。
 その傍らで、一日中スイシーゼを抱き留めていた陽介は少し疲れた表情で椅子にもたれていた。扉が軽くノックされる。二回連続、少し間を空けて一回、ハロルド博士のノックだった。
「………どうぞ」
陽介は扉の方を見向きもせずに言った。ハロルド博士もその陽介の様子が分かっているのか、静かにドアを開ける。
「スイシーゼは………眠ったのか………」
「ええ、つい30分ぐらい前に………。もっとも俺がここを離れたら直ぐに起きるでしょうけど………」
ハロルド博士は寝息を立てるスイシーゼの顔を覗き込んだ。
「滝川博士に聞いたが、スイシーゼが生まれたのが95年の3月12日で、実生活は4年間に満たないそうだ。肉体年齢は16歳でも、精神的にはまだまだ子供のまま。今の現実は辛すぎるだろうな………」
「どうしてこいつだけ………こんな辛い目に遭わなくちゃならないんだろう?」
その答えはハロルド博士には分かっていない。滝川博士にも分からなかった。その程度のことは陽介にも分かっていた。だから誰に聞いたわけでもない。
「軍事機密だから………それだけでは説明がつかないな………。何か別の事情があるに違いない………」
ハロルド博士は呟くように答えると、考え込んでしまう。
 当初、米軍側はスイシーゼを回収しようとした。それは分かる。だが、抹殺に命令が切り替わっているのはなぜだ。たしかにスイシーゼという完成体がひとつなくなっても、ソフトウェアが生きていればバイオニックチャイルドの量産はきくだろう。
 だが、滝川博士も大場博士も、バイオニックチャイルド開発に携わった人間が軒並みダルシィを離れた今、蓄積されたテクノロジーの完全なる利用は難しいはずだ。でなければ、粗悪なバイオニックウェポンのみの実戦投入というのも考えられない。
 よしんばできたとしても、それまでに掛かる時間と経費は計り知れない。完成体の遺伝情報のサンプルは今でも重要なはずなのだ。
 ということは、スイシーゼの存在にはバイオニックチャイルドとして以外の存在意義があったはずなのだ。
「全てはPAIIIと称される秘密文書の存在………。その全貌がどのようなものなのか………だな」
ハロルド博士は呟くように思考に一応の完結をつける。だが、陽介はそんなことには関係ない様だった。
「俺はただ………こいつが苦しまなくてもいいようにしてやりたいだけなんです。だから………せめてシェネラは助けたい………」
「シェネラは洗脳されている。難しいぞ」
「何か手はないんですか?」
ハロルド博士はしばらく考えて───答えはとうに出ていたのだが───から答えた。
「手がないわけではない。スイシーゼの記憶を取り戻したように、外部からシェネラの脳に強制介入を掛け、記憶処理領域を解き放つ。だが、それにはやはりシェネラを捕獲しなければ………」
ハロルド博士は答えてから、小さくため息を付いた。そして続ける。
「せめて、“α波ブースター”が完成できればな………」
「“α波ブースター”?」
陽介はハロルド博士の口から出た聞き慣れない言葉に怪訝な表情を返した。ハロルド博士は頭を小さく振りながら答える。
「スイシーゼ達バイオニックチャイルドのα波特殊能力の出力をサポートするブースターだ。大場博士の研究分野だったらしく滝川博士も基礎概念と基部の設計図の一部しか持っていなかった………」
「それがあれば………?」
「ああ。少なくとも強制介入はできるはずだ」
だが、ハロルド博士はそれっきり口を閉ざしてしまった。陽介にもその理由は分かった。

 大場泰治博士、滝川博士と共にABL社、ダルシィ基地へ招かれた学者。もともと脳神経の専門医だったが、後にα波応用技術の第一人者となる。現在はダルシィ基地を脱出し、消息不明。
───消息不明
陽介は深い溜息をもらしてスイシーゼに視線を戻した。

Scene-2. 新世紀科学研究所・正面路上

 夜の闇の中、小さな明かりだけを発している新世紀科学研究所の正面に、一台のバイクが止まっていた。
 バイクの運転手、シェネラはリアシートにくくりつけてあった筒上の物を取り出すと、肩にかつぎ上げた。そして新世紀科学研究所の建物の3階当たりに向ける。スコープを覗き込むが、この近距離で外す方がどうかしている。シェネラは軽く唇を噛んで、おもむろにトリガーを引いた。推進剤が少なくされているのかも知れない。歩兵用対空ミサイルから打ち出された弾頭は小さな推進炎を発して新世紀科学研究所の3階へ吸い込まれていく。
 ガラスの割れる音。づいて機材か何かに当たったような金属音。爆発は無かった。その代わり、割れたガラス窓の間から噴煙が立ち登る。
 シェネラはランチャーを適当に放ると、スロットルをふかした。乱暴な発進。道のど真ん中でアクセルターンを決め、何処かへと去っていってしまった。

Scene-3. 新世紀科学研究所・3階研究室

 扉を開けた途端に吹き出してきた噴煙に、下条は思わず足を止めた。ガラスの割れる音と、機材がぶつかりあうような音に驚いてきてみればコレである。取りあえず、噴煙が晴れるまでまともに視界を確保できそうになかった。
 下条は軽くため息を付くと、廊下に振り返る。
「どうしたんだ? 下条君」
駆け付けたのはハロルド博士と数人のスタッフだった。
「わかりません。僕も今来たところなんで………」
下条は落ち着いた声で答える。その向こうで、噴煙が晴れていく。
 ハロルド博士を先頭に室内へと踏み込んだ。天井近くには未だ噴煙が漂っている。
「………こりゃ、また何か失敗したかな………?」
下条は後頭部を掻きながら呟く。実験中の爆発事故など、新世紀科学研究所にとってみれば日常茶飯事だった。
「いや、違うな」
だが、ハロルド博士は割れた窓ガラスの近くに立って呟く。
「違う?」
「ああ」
下条の疑問の声に、ハロルド博士は小さく屈んで足下のガラスの破片を拾い上げた。
「内側からの圧力なら、ガラスは室内へは落ちない。それにガラスの割れ方も妙だ。集中加重が瞬間的に働いたような割れ方だ」
たしかに、言われてみればその通りだった。ガラス窓は中心当たりの穴から蜘蛛の巣状に亀裂が入っている。割れた破片も、ざっとみたところ全て室内にある。
 ハロルド博士は窓ガラスの穴から、眼下の道路、道路から穴への線分を延長した天井、その反射角度の先に順に視線を巡らせ、先のスイシーゼの暴走で散らかったままになっている機材の間に視線を止めた。そしてその機材の中へ手を突っ込む。何かを探り当てたが、ハロルド博士は唐突に手を引き抜いた。
 手の中にあったのは、円筒形の金属製の物体だった。中央辺りで二つに別れるようになっているらしい。右ネジの方向に捻ると簡単に外れる。
 中に入っていたのは、一枚の紙だった。ハロルド博士は他のスタッフの視線の中でその折り畳まれた紙を広げる。しかし、そこに書かれていたのは意味の分からない数字の羅列だった。所々にアルファベットも見えるが、とても読めた物ではない。
 ハロルド博士達は顔を見合わせた。

Scene-4. 新世紀科学研究所・客室

 騒ぎが一段落したのか、階下の物音が聞こえなくなった。陽介は胸をなで下ろして、眠るスイシーゼに視線を移す。ふたたびドアがノックされ、ハロルド博士が入ってくる。
「どうしたんですか?」
陽介は肩越しに振り返って言う。だがハロルド博士は釈然としない面持ちで、ポケットから一枚の紙を取り足した。
「ご大層な煙幕で舞台演出をして、結局投げ込まれたのは暗号らしい数字の羅列が書かれた紙切れ一枚だ」
「………?」
陽介は怪訝な表情を返して、差し出された紙を受け取る。たしかに、ハロルド博士の言ったとおり、紙の上には数字とアルファベットの羅列が何かの規則性を持って書かれているだけだった。
「何ですかね、これ………?」
 陽介が疑問符を掲げたとき、不意に毛布の中からスイシーゼの腕が伸びた。陽介の手の中から紙切れを取り上げると、半身を起こしてその“文面”に目を通す。
「シーゼ………? 読めるのか?」
スイシーゼはしばらく無言で紙に視線を落としていたが、ややあって口を開いた。
「………お姉ちゃんが………決着をつけようって………」
「シェネラが!?」
陽介とハロルド博士は同時に叫んで、顔を見合わせる。
「どうして………お姉ちゃん………」
スイシーゼは小さく呟くと、大粒の涙をこぼした。無理に堪えている嗚咽が肩を振るわす。
 陽介はそのスイシーゼを暫し見つめてから、おもむろにハロルド博士に言った。
「α波ブースター、できないんですか?」
その言葉に、スイシーゼははっと顔を上げる。陽介も、ハロルド博士も気付かなかったが。
「さっきも言ったが、設計図が一部足りない。設計図さえあれば3日程度で完成すると思うが………我々の手で設計図を補完してからとなると………」
「くそっ………」
陽介は苛立たしげに拳を握りしめた。その背後で、スイシーゼは突然に陽介の肩を引き寄せた。
「ねぇ陽介!! α波ブースターがあれば! α波ブースターがあればお姉ちゃんを元に戻せるの!?」
陽介はいささか狼狽した風に、小さく頷いた。
「だったらお願い!! 作って!!」
「でも………設計図が無いんだ……分かるかい?」
「シーゼが知ってる!!」
突然スイシーゼが発した一言に、陽介とハロルド博士の視線が驚きの色を見せた。
「大場おじさんが教えてくれたよ!! もしもの時にって!!」
陽介はスイシーゼの肩を強く掴むと視線を正面から見つめ返していった。
「………今、書けるのか?」
「うん!!」
「ハロルド博士!!」
陽介は希望を手に入れたそのままの表情で、ハロルド博士を振り仰ぐ。
「よし! スイシーゼ、決着の場所と時間は?」
「時間は月曜日。場所はベクトルポイントで示してあったから地図があればわかるよ」
スイシーゼはハロルド博士に聞かれたにも関わらず、陽介に言う。陽介は思わずスイシーゼを抱きしめていた。
「えらいぞシーゼ………。シェネラを助けてあげような………」
「うん」
スイシーゼは陽介の腕の中で一筋の涙をこぼしていた。

 それからの数日、新世紀科学研究所から明かりが消えることはなかった。

Scene-5. 1999年6月14日 月曜日 臨海埋立地

 暗号の中に書いてあった、時間、場所。スイシーゼはハロルド博士に連れられやってきていた。
 工事用車両が遠くに見える、東京湾に張り出した埋立地。いつもならば活動しているであろう重機は軒並み動きを止めていた。米軍からの圧力が働いたのか、問答無用で追い出されたのかは知らないが、埋立地に入る道路に検問のように兵士が立っていたのは確かだ。
 スイシーゼはダルシィ基地脱出の際に着ていたボディスーツを着ている。樹脂製らしいブレストアーマー、それに連結されたバックパックも付けている。
スイシーゼに言わせれば、大場博士が作ったスイシーゼ専用の戦闘スーツなのだそうだ。もっとも、体の所々にあるコネクターが何のためのものなのかまでは記憶の混乱があって思い出せないようだったが。
 スイシーゼとハロルド博士は車を降りて、埋立地を海に向けて歩いた。基礎固めが終わっているコンクリートの地面、ビルの基礎にするためか、所々鉄筋が見えたコンクリートブロックがある。
 しばらく歩くと、スイシーゼの視線が一点に吸い付けられるかのように鋭くなる。
「どうした………?」
ハロルド博士が小声で呟く。
「………お姉ちゃんがいる………ここからはシーゼが一人でいくよ………」
「分かった」
ハロルド博士はその場で足を止める。スイシーゼは構わずに歩を進めていた。
 遙か彼方に少女のシルエットが見えた。その場を一歩も動かずに、静かにスイシーゼが近づくのを見据えている。
 シェネラの瞳がふとしかめられるのをハロルド博士は遠目に確認する。その途端、シェネラは大きく叫んだ。
「よく来たな、BC-H204。この時間に、ここまでこれたということは、やはり記憶が戻っている様だな」
だが、スイシーゼはその言葉には答えずに歩を止めてシェネラを見つめる。シェネラは構わずに続けた。
「あの男の姿が見えないようだが?」
「陽介は用事があって残ってる。でも今のお姉ちゃんには関係ないでしょ」
シェネラはその言葉に激昂しかけたのか、その体の周囲の空間を歪ませる。その様に気付いていないわけでもなかろうが、スイシーゼはやはり無言で見据えるだけだった。
 ───シェネラが陽介君を気にしている?やはりシェネラを混乱させたのは陽介君が原因か………?
ハロルド博士は先のシェネラとの接触の一部始終を下条から聞かされて、シェネラの混乱の原因を考えていたのだが、ここに至って回答を得る。スイシーゼにとっても、そしてシェネラにとっても、バイオニックチャイルドである自分を無条件に認める人間には過敏になる様である。
 ハロルド博士はそっと、陽介の“到着”を願った。

Scene-6. 湾岸線

 陽介はスイシーゼ達が新世紀科学研究所を出発するのに遅れること約1時間後、同じく新世紀科学研究所を出発していた。日曜日に自宅まで取りに戻ったバイクで、である。
 法定速度など構いもせずに、スロットルを限界近くまで回し続ける。さすがにここまで速度を出して走ったことはなかった。迫り来る風圧が容赦なく陽介とバイクを路面から引き剥がそうとする。
 だが、スイシーゼの暴走の力に立ち向かったときよりはずっと楽だった。
 陽介は背中に背負ったバックに小さく視線をとばし、おもむろに車線を変更する。その先には、工事中の臨海都市があった。

Scene-7. 臨海埋立地

 スイシーゼとシェネラは、未だ睨み合ったまま微動だにしていなかった。少なくともハロルド博士にはそう見える。
 だが、すでに精神上での戦いは始まっていた。口火を切ったのはシェネラの方だった。α波を極小から極大まで一気にあげて、スイシーゼの精神へ叩きつける。スイシーゼはそのα波と位相をずらしたα波で精神攻撃の直撃を受ける前に干渉、その効果を打ち消していた。
 そのまま睨み合いが数分間続く。そしてその均衡を破ったのはやはりシェネラだった。
 シェネラはふいにα波の放射をやめてしまう。スイシーゼも気配で察したか、シェネラと同時にα波の干渉を停止する。干渉するためのα波とはいえ、干渉すべき相手がなければそれはただの攻撃用α波に他ならない。
「さすがだな。α波制御能力はお前の方が上だったよな、204」
シェネラは自嘲気味に言うと、瞳をつり上げた。
───攻撃が来る!
ハロルド博士の予感は的中した。
 シェネラはスイシーゼの目の前、目測20メートルほどの場所で軽くかがんだ。その瞬間、シェネラの周囲を目に見えるほどの輝きを発しながら光の粒が舞い踊った。足下を中心に渦を巻き、まるで竜巻が体を巻き上げたかのようにシェネラの体が舞い上がった。
───飛んだ!?
ハロルド博士はシェネラの予想外の行動に目を疑った。シェネラはまるで脚力を使っていないようだった。何かの力で体そのものを舞いあげている、いや、飛んでいる。
 シェネラは空中で一回転すると、飛び乗るように両足の踵を叩きつける。スイシーゼは咄嗟に目の前で腕を交差させ、受け止めた。激突した瞬間、スイシーゼとシェネラの間に光の断層が光って消えた。
 双方共に、αフィールドを展開していたらしい。シェネラの体は光の断層に弾かれて、地面に叩きつけられる。何とか体勢を立て直して着地したシェネラは小さく舌打ちしていた。
───α波能力で飛んでいる!? いや、反重力、重力制御か!?
ハロルド博士は目の前で展開された一瞬の攻防に固唾をのんだ。シェネラの体を一気に加速させ、スイシーゼに向かわせた重力制御。αフィールド同士の衝突と、シェネラの力をそのまま反射してみせたスイシーゼの力。彼の予測の範疇を越えるバイオニックチャイルド同士の戦闘。
 なんとか体勢を保ったまま3メートルほどスリップして止まったシェネラは、スイシーゼを睨み付けたままゆっくりと立ち上がった。対するスイシーゼはものの1メートルほど後退しただけのようだった。
───私の方がエネルギーは高かったはずなのにこれか!? α波能力のポテンシャル自体の差か!?
シェネラは再び舌打ちして身構えた。だが、スイシーゼは明らかに有利な体勢を得ておきながら、やはり追い打ちはかけなかった。後退した位置そのままで、静かに立っている。
「どうした? 撃ってこいよ、αブラストをさ」
シェネラは挑戦的な句調で言う。だがスイシーゼは小さく頭を振って答えた。
「シーゼはまだ完全に記憶を取り戻した訳じゃないけど、お姉ちゃんがどのくらいシーゼのこと大切にしてくれていたかは思い出してる。今日はお姉ちゃんを助けに来たの。戦いに来たんじゃないもん」
「戯れ言を!!」
シェネラは叫ぶと、唐突にαブラストを放った。光も音も直接には発しない、高効率のαブラストだった。スイシーゼの周囲が大きく歪む。その瞬間、スイシーゼの周りのアスファルトが砕け散った。
「………!?」
咄嗟にαフィールドで防御するスイシーゼ。だが、シェネラはスイシーゼにその隙を与えずに飛び出していた。自らが起こした破壊の中に自ら飛び込んでいく。
「お姉ちゃん、やめてよ!!」
スイシーゼが叫ぶがシェネラは完全に無視して、右の拳にαフィールドを展開して殴りかかった。スイシーゼも手のひらに器用にαフィールドを展開して干渉、受け流す。
「私達は戦い、敵を殺すために作られた殺人人形(マーダードール)だ!! 私は助けてなどほしくはないわっ!!」
「うそっ!!」
受け流しきれなかったのか、スイシーゼはアスファルトに踏ん張りながら叫んだ。
「お姉ちゃん、今だって助けてほしいって泣いてるもん!!」
スイシーゼの絶叫に、ハロルド博士の位置からでもシェネラの肩が震えるのが見て取れた。だが、シェネラは勢いに任せて左の拳をスイシーゼの腹部に叩きつける。スイシーゼの体が大きく吹き飛ばされた。地面すれすれでうまく体勢を回復させたスイシーゼはアスファルトに靴底をスリップさせながら着地した。だが、直撃のダメージが大きかったか、片膝をついてしまう。
「α波能力は204、お前の方が確かに強い。だが戦闘センスそのものは私の方が上だったよな」
シェネラは微笑も浮かべずに言い放つ。スイシーゼは無言で立ち上がった。そのスイシーゼにシェネラは続けて言い放つ。
「そろそろ本気を出せよスイシーゼ。でないと、命を落とす」
だが、スイシーゼは再び小さく頭を振って言った。
「シーゼは戦いに来たんじゃないもん。お姉ちゃんを助けに来たんだもん」
「まだ言うか!?」
叫んで、シェネラは一気に加速した。バイオニックチャイルドの強化された筋力と、α波の重力制御特性をフルに使って、スイシーゼとの距離を詰める。スイシーゼは咄嗟に防御のαフィールドを張るのが精一杯だった。だが、精神集中のいとまもなく展開されたαフィールドは出力不足だったのか、シェネラは易々とスイシーゼのαフィールドを自分のそれで侵食して肉薄する。
「はぁっ!!」
吸い込んだ息を一気に吐き出すと同時に、シェネラは鮮やかな膝蹴りを繰り出していた。スイシーゼの腹部を打点に、力ずくで振り切る。吹き飛ばされたスイシーゼはたまらずにもんどり打って倒れ込む。そのスイシーゼに向かってシェネラは吐き捨てた。
「貴様に何ができる!? 何もできるはずがない!! 同じバイオニックチャイルドとして生を受けたお前が私を救うことなどできるものかっ!!」
スイシーゼは震える体にむち打って、半身だけ起きあがらせた。だがシェネラは構わずに続ける。
「私達はバイオニックチャイルドとして生まれたその時から殺人人形(マーダードール)としての一生しか許されてはいない!! それが存在意義だからな!!」
「違うっ!!」
スイシーゼは両の目に涙を浮かべて絶叫した。シェネラはそれに負けない大声を張り上げて叫ぶ。
「違うものか!! 人間どもは私達のことを道具としてしか見てはいない!! あの滝川でさえ私を捨てた!! 私がお前に劣っているからだ!! 生みの親にさえ捨てられた私を誰が救える!? 救えるはずがない!!」
「お父さんは捨ててなんかいないもんっ!! お父さん、死ぬ時に言ってたよ!! いつもシーゼ達を愛してるって!! お父さんが捨てるわけないよ!!」
スイシーゼの絶叫が臨海埋立地を震わせた。こころなしか、叫ぶ度にスイシーゼの周囲が歪んでいるようでもある。
 絶叫で乱れた息を整えたスイシーゼは無言のシェネラに静かに語りかけた。
「あのね、シーゼじゃお姉ちゃんを助けるのは無理かもしれない………」
「みたことか」
シェネラは蔑む視線をスイシーゼに投げかけて言い放った。だがスイシーゼは全く動じずに続けた。
「でもね、陽介なら、陽介なら助けてくれるよ。陽介なら受け入れてくれる。シーゼ達のこと全部認めてくれる………。陽介は暖かいんだよ………」
シェネラの肩が震えた。動揺しているのか、シェネラは無言で立ちつくしている。
「ね、一緒に帰ろうよ。お父さんはもういないけど、陽介のところにいこう。一緒にいるととっても気持ちいいんだよ。お姉ちゃんにもきっとわかるよ………」
なおも問い掛けたスイシーゼの言葉に、シェネラは震える声を漏らした。
「………衿岡………陽介………」
その名を口にした途端、心が震えた。
───あの時………暖かいと感じた………この私にさえ………
やもすれば一刻も早く陽介を捜し出し、その胸に飛び込みたい心境を必死になって否定しながら、シェネラは強く頭を振った。
「嘘だ………。人間ごときが私達を、私を受け入れるはずがない………。私を“許してくれる”はずがない………」
「………え? 許すって、お姉ちゃん………?」
スイシーゼはシェネラの呟いた言葉に妙な違和感を感じて怪訝な表情を返した。だが、シェネラは自分の中の混乱と必死に戦い続けている。強く頭を振りながら。
「許されない………、私は許されるはずがない………」
「そんなことないよ、陽介なら。だからね………」
その瞬間、シェネラの瞳が大きく見開かれた。体から強い、悲しい波動が一気に溢れ出す。
「うそだあぁっ!!」
シェネラは再び突進した。呆然と立ちつくすスイシーゼの首に両手をかけて天高く持ち上げる。
「お前だ!! お前がいるから!!」
「………お………姉ちゃん………?」
呟くように言ったスイシーゼを、シェネラは憎悪のこもった視線で見上げた。その視線に睨まれたスイシーゼの背中が冷たくなる。
 あまりにもストレートな憎悪だった。スイシーゼは仕方なく、とりあえず脱出しなければならないと精神を集中した。

Scene-8. 臨海埋立地Bゲート

 陽介のバイクは湾岸線を抜け、臨海埋立地へと到着していた。普段なら工事用車両が行き来しているであろうゲートを目指して、整地されたにもかかわらずトラックだのが撒き散らす土砂で走りにくい道を一気に走り抜ける。ゲートが見えてきた。無意味に数だけがあるゲートの一つ、Bと銘打たれたゲートが開いている。
 陽介はバイクをゲートに向けると加速した。
「………?」
ゲートの陰から人影が二つ現れた。場にそぐわない迷彩服に、拳銃で武装している。
───米軍兵士!? 来てるのはシェネラだけじゃないのか!?
陽介は訝った。だが、シェネラが米軍と共同で罠を張るのも考えづらい。
「Stop!!」
兵士は迫ってくるバイクに拳銃を向けて怒鳴った。
───ままよ!!
陽介は構わずスロットルをふかす。乾いた音が耳をかすめた。何か空気を裂くような気配が耳元で聞こえる。
「どけえぇっ!!」
だが陽介は覚悟を決めて勢いそのままで突っ込んでいく。兵士は慌ててバイクの突進を交わすと、去り行くバイクに再び発砲した。

Scene-9. 臨海埋立地

 予想外の手応えにスイシーゼは目を見開いた。シェネラの手から脱出しようと精神を集中したが、精神力が、α波がいつまでたっても物理化を起こさない。
「α波インターラプト効果かっ!?」
ハロルド博士は力が出せなくなっているスイシーゼを見て叫んだ。
───スイシーゼが暴走した時にシェネラがこの能力を使って押さえ込んだと滝川博士は言っていたが………完全に相手のα波を封じてしまうとは!?
スイシーゼはシェネラの手から逃れようと、必死にもがいた。だが、シェネラはスイシーゼのα波を封じながら、自分のα波能力を使いこなしている。スイシーゼといえども、素手でαフィールドを破ることは無論できない。
「殺してやる………お前がいるから! お前さえいなければ!! お前さえ!!」
憎悪の力がシェネラの指に宿った。スイシーゼの首に少しずつ、だが確実にめり込んでいく。
 完全に気道を塞がれたスイシーゼは、次第に遠のいていく意識を必死につなぎ止める。だが、窒息という物理現象自体はどうしようもなく迫ってきていた。
 突然、シェネラの手から力が抜けた。高く掲げられていたスイシーゼが地面に落ちる。
「………?」
スイシーゼは咳き込みながら、シェネラの姿を見上げた。だが、シェネラはスイシーゼには構わず、遠くの一点に視線を注いでいる。
 その理由がスイシーゼにもわかった。いままでα波能力を封じられていたおかげで気付くのが遅れたのだ。
「陽介ぇ!!」「衿岡陽介!!」
スイシーゼとシェネラは同時に叫んでいた。
 事態の意味がやっと納得出来たハロルド博士の耳にも、陽介のバイクのエンジン音が聞こえてくる。確実に近づいてくる。
 その姿にシェネラは小さく唇をかむ。視線を足下のスイシーゼに一瞬だけ移す。そして意を決したかのように左手の平を陽介に向けた。スイシーゼが驚いて見上げる。
「お前が私の中に入ってきたからっ!!」
「だめっ!?」
スイシーゼの制止も間に合わなかった。瞳を強く閉じたシェネラの手から放たれたαブラストは陽介のバイクを直撃する。
「なっ!?」
陽介にしてみれば、突然バイクが爆発したようなものである。路面に勢い良く放り出された陽介はアスファルトに強かに打ち付けられた。息が詰まる。だが、陽介は飛びかかった意識をすんでで繋ぎ止めると、背中のバックから何かを取り出した。
「シーゼ!! 受け取れ!!」
陽介は力の限りそれをスイシーゼに向けて投げ付けた。それは一直線にスイシーゼの元に向かう。スイシーゼは地面を強く蹴ってシェネラの足下から離れると、それを空中で掴み取った。そのままスイシーゼは再び地面を蹴ってシェネラから離れる。

 スイシーゼの手の中にあったのはヘッドホンのような奇妙な機械だった。その機械を見たとたん、シェネラの眉がつり上がった。
「貴様っ!! それはまさか!?」
「そうだよ!! これでお姉ちゃんを取り戻すの!!」
スイシーゼはそのヘッドホンのような機械、待ちに待ったα波ブースターを、ヘッドホンさながらに装着した。
「スイシーゼ!!」
遠くからハロルド博士の声が響く。
「シェネラの精神はすでにかなり不安定な所まで来ている!! 彼女の記憶領域に干渉して洗脳情報を焼き払うんだ!!」
スイシーゼはその言葉に小さく頷いた。

 ───シーゼにできる!?ううん、やらなきゃ!!
スイシーゼは覚悟を決めて、意識を集中した。途端、スイシーゼの周囲が陽炎のように歪む。同時に、歪みの中心、スイシーゼから幾筋もの青白い火花放電が放たれた。
「何をするつもりだか知らないが、無駄だ!!」
シェネラは力の限りαブラストを放つ。だが、放たれた力はスイシーゼの展開したαフィールドに簡単にうち消されてしまう。シェネラは舌打ちして、αフィールドを展開した。それとほとんど時を同じくして、スイシーゼのαフィールドがシェネラの体を飲み込む。αフィールド同士が干渉して火花放電を発した。
「何をする気だ!? 204!?」
───出力、最大!!
スイシーゼはシェネラの叫びを無視して、αフィールドの出力を最大にした。暴走一歩手前、アブソリュートαフィールドになるかならないかの瀬戸際の力。その強大な力が、シェネラのαフィールドを侵食してシェネラの中に入り込んできた。
「くっ! おおおぉぉぉ!!」
シェネラは無理矢理に侵入してくるスイシーゼのαフィールドに必死にあらがった。精神が悲鳴を上げる。
「入ってくるなあああぁぁぁ!!」
シェネラは絶叫した。スイシーゼの強力なαフィールドの中からでも、その叫びは十分に陽介とハロルド博士に聞こえる。
 その瞬間、ハロルド博士は目を見開いて叫んだ。
「いかんっ!!」
陽介はハロルド博士の叫びに驚いて視線を移した。
「このままシェネラが抵抗を続けたら、洗脳情報を焼き払うどころか人格破壊を引き起こしかねん!!」
「なっ!?」
陽介も驚いてスイシーゼの展開した光球、αフィールドを見やった。未だ抵抗を続けているらしい閃光が時折光る。
 陽介はいてもたってもいられなくなって、力の限り叫んでいた。
「シェネラぁーっ!! お前が壊れちまう!! 抵抗するなぁーっ!!」

 『シェネラぁーっ!!』
強大な力に必死にあらがうシェネラの中に、目の前の力とは明らかに違う別の力が割り込んできた。その力には抵抗もできず、精神の中への侵入を易々と許してしまう。
───この声………衿岡陽介………!
そう思った途端、胸が熱くなった。ごく純粋に、その陽介の叫びが気持ちよかった。
───どうして暖かいと感じるの………? 私みたいなバイオニックチャイルドに………
バイオニックチャイルド。その言葉に、シェネラの目の前に自分の妹の姿が映る。
───そっか………スイシーゼもバイオニックチャイルドなんだっけ………あの人、スイシーゼには優しかったよね………私には優しくしてくれるのかな………?

 『お前が壊れちまう!!』
再び陽介の叫びが割り込んでくる。だが、やはりシェネラはあらがうこともできずに受け入れる。
───壊れたっていいよ………私みたいな中途半端な生き物は………いっそ壊れた方がいい………
シェネラの頬を一筋の涙がぬらした。
───でも………壊れちゃったらもう感じられなくなっちゃうのかな………暖かさ………

 『抵抗するなぁーっ!!』
───抵抗しちゃいけないんだ………抵抗やめれば楽になれるよね………言う事聞いたら優しくしてくれる………?
瞳を閉じる。その後に感じているのは、暖かさと苦痛。
───抵抗やめれば………そうすれば暖かいのしか感じなくなる………

 スイシーゼは確かに感じていた。陽介の叫びでシェネラの抵抗の力が小さくなってきている。
「そうだよね、お姉ちゃん。お姉ちゃんも陽介のところにいきたいでしょ?」
呟いて、軽く撫でるかのようにシェネラのαフィールドを侵食していく。

 閃光が少なくなっているのが見て取れた。呼びかけが届いたのか、シェネラの抵抗が弱くなっているのだ。

 陽介は大きく息を吸い込んで、再び叫んだ。
「戻ってこい!! シェネラぁーっ!!」

 『戻ってこい!!』
力強い叫び。暖かい力がシェネラの中に流れ込む。
───戻る………私の戻るべき場所………そんなの、もうないよ………
涙があふれた。
───お父さんは死んだし………ううん、殺しちゃったし………ダルシィに戻ったって今と変わらない………戻る場所なんて………でも………
シェネラは、涙のあふれる瞳を心の壁の外側へ向けた。誰かが必死に叫んでいる。
───衿岡陽介………陽介さん………貴方だったら私に戻る場所を与えてくれる………?
漠然とした不安。言いようのない不安が、理由のわからない不安が胸を満たした。

 『シェネラぁーっ!!』
───陽介さんっ!!
一瞬だった。胸を満たしていた不安が氷解するのは、ほんの一瞬だった。

 その瞬間、シェネラはすべてに身を委ねていた。

 スイシーゼの力がシェネラの中に侵入する。拒む物はない。心の壁は崩れ落ちた。

 スイシーゼは実感していた。シェネラを救えるのはやっぱり自分じゃなかった。シェネラを助けることができるのは、やっぱり陽介だったのだと。

 αフィールドの嵐が通り過ぎた後、かつて閃光の中心だった場所には二人の人影だけが残っていた。脱力しているシェネラ、そしてそのシェネラを支えるスイシーゼ。スイシーゼは片手でシェネラの体を支えて立ち上がった。残った片手を天高く掲げて大きく振る。
「陽介ぇ~!!」
その叫びに、陽介が駆け寄ってくる姿が見えた。その姿に視線を向けたシェネラは小さく呟く。
「………スイシーゼ………あの人は私も許してくれる………? 今までひどいことしてきた、お父さんさえも殺してしまった私を………」
スイシーゼはシェネラを立ち上がらせてやると、満面の笑みを浮かべて言った。
「うん。陽介は全部許してくれるよ。全部、ね」
それで安心した訳でもないが、シェネラはスイシーゼに支えられていた体を自分の足だけで支える。そして駆け寄ってくる陽介の姿を見つめた。
 陽介が二人の元に駆け付けた。シェネラは不安げな瞳を向ける。陽介は暫く息を整えてから、微笑を浮かべる。そして、言った。
「お帰り。シェネラ」
シェネラが目を見開く。涙があふれた。
「………陽介………さん………」
うわずった声で呟く。その瞬間、シェネラは陽介の胸に飛び込んでいた。
 誰はばかることなく、大声で泣く。陽介は、スイシーゼにするのと同じように、シェネラの背を優しく撫でた。
「気が済むまで泣きなよ。もう、大丈夫だ」
嗚咽の止まらないシェネラの背を、陽介はいつまでも優しく撫でていた。
 ハロルド博士が近付いてくる。だが、彼は何も語らずに、静かに三人を見つめていた。
 彼が入り込む余地は、なかった。バイオニックチャイルドとして生を受けた二人、そしてそんな二人を無条件に認めることができる一人。ハロルド博士は微笑を浮かべて、空を見上げた。故滝川俊博士の願いは、彼らが成就してくれるだろう。

 すべてが終わり、新たな始まりに向かったとハロルド博士が感じたその時、すべてを打ち砕く瞬間が訪れた。何処からともなく放たれたグレネード弾が間近で炸裂したのである。スイシーゼは咄嗟にαフィールドを大きく展開し、全員を爆風から守った。

 いつの間にか囲まれていた。スイシーゼも、シェネラも、安堵の一時に警戒を怠っていた。自分たちを囲んでいく兵士達に気付かなかったのだ。
「囲まれているな」
ハロルド博士は小さく呟く。スイシーゼは周囲から向けられる攻撃的な波動に対して身構えた。
 兵士達は、手に手に大型火器を携えている。先ほどのグレネードは言うに及ばず、歩兵用対戦車ミサイルや対空ミサイル、ライフルでも対戦車用の貫通力の高い物などを取りそろえていた。
 囲みの途中が切れていた。ほんの人二、三人分の間だろうか。その隙間に軍服を着た一人の男が立った。
「ベネウィッツ………」
その姿にシェネラが呟く。陽介は未だ腕の中にいるシェネラに視線を落とした。
「ベネウィッツ? 誰だい?」
「ダルシィ基地でお父さんの直属の上司だった男なの。スイシーゼをつけ回していたのもこいつの部下よ」
「当面の敵、か………」
シェネラの言葉に陽介は呟いた。
「ごめんなさい。私が迂闊だったの………」
シェネラはこの状況を招いた直接の原因が自分にあることに歯がみする。集音マイクを使っているのか、ベネウィッツはその言葉に応えてきた。
『ああ。貴様が迂闊だったのさ、203』
拡声器で増幅されているらしい声が埋立地を震わせた。
『私にはもう時間が残されていないのでね。お前が敗れるか、今のようにほだされるかした場合に共に消す段取りを整えていたわけだ』
 シェネラは唇をかむ。バイオニックチャイルドとしての能力をスイシーゼとシェネラが完全に解放すれば、目の前の兵士の猛攻にも十分に勝てるだろう。だが、それは後先考えずに力を振るえばの話であって、今彼女を庇うかのように抱きしめてくれている陽介を守りながらでは不可能だ。
 スイシーゼにもそれがわかっているのか、迂闊に動けないでいる。手をこまねいていると、ベネウィッツの右手が静かに天に掲げられた。スイシーゼが全開のαフィールドを張ろうと身構える。
 シェネラはベネウィッツを睨み付け、何かの決心をしたかのように小さく頷いた。その瞬間、陽介の腕の中から弾かれたように飛び出す。
「シェネラ!?」
陽介が叫ぶが、シェネラは瞳を一瞬かげらせただけで無視すると、スイシーゼの頭からα波ブースターを取り上げた。
「なっ!? お姉ちゃん!?」
「これ、大場おじさんが教えてくれたα波ブースターだよね?」
驚きの声を上げるスイシーゼに構わずに、シェネラは言う。スイシーゼは思わず、言われるままに頷いた。
「陽介さんを、お願いね」
「え?」
シェネラは微笑むと、怪訝な表情を返すスイシーゼから視線を逸らしてベネウィッツに向き直る。そしてα波ブースターを装着した。
「お姉ちゃん、ちょっと待って!!」
「シェネラ!!」
スイシーゼと陽介の制止の声も聞かず、シェネラは飛び出した。α波ブースターで増幅したα波を、全開のαフィールドとαブラストに変換する。
『撃てぇ!!』
その瞬間、いくつものミサイルがシェネラに殺到した。いくらαフィールドが強力でも、これだけの数を防ぎきるにはかなりの精神力を要する。だが、シェネラは構わずにαブラストを放った。一際大きい爆発が埋立地を振るわせる。
「逃げなさい!! スイシーゼ!! 陽介さんを連れて早く!!」
「でも………」
言いよどむスイシーゼに、シェネラは再び叫んだ。
「逃げなさい!!」
その瞬間、シェネラとスイシーゼの間にグレネード弾が炸裂した。それぞれが反対方向に吹き飛ばされる。

 シェネラは素早く立ち上がりながら毒づいた。
「結局私って、こうしちゃうんだね………」
αブラストを放つ。兵士の一群がミサイルの誘爆と共に消え失せた。
「でも、今日は前とは違うよ………。容赦してあげないから!!」
シェネラは叫んで、自らが起こした爆発の中に駆け込んでいった。

Scene-10. 臨海埋立地・前

 米軍とシェネラの激しい戦闘で、臨海埋立地は崩壊した。すべての戦いが終わって、静寂が訪れた後、陽介達はそのかつて臨海埋立地だった場所に立ち尽くしていた。

 シェネラの行方は知れなかった。