第10話『存在意義 ~ Significance of existence』

Scene-1. 1999年6月14日 月曜日 新世紀科学研究所・客室

 室内は異様なほどに静かだった。明かりもつけずに薄暗い部屋、ただテレビの光だけが煌々と寄り添う二人の姿を照らし出している。
 テレビに映っているのは夜のニュース番組だった。キャスターは目の前におかれた紙の束を素早くめくりつつ、確実なカメラ目線で続ける。
『本日正午頃、東京湾岸の臨海埋立地工事現場で大規模な爆発事件がありました。現場の田崎リポーターとつながっています。田崎さん』
キャスターがテレビのフレームに対して呼びかけると共に、画面が切り替わって崩壊した臨海埋立地が映された。そのフレームの中央にリポーターが紙束とマイクを持って立っている。
『田崎です。本日正午頃に起こった爆発の原因は依然不明のままですが、爆発直前に在日米軍による作業員の強制退去が行われていたという情報もあり、謎に包まれています。これに対しての在日米軍からの回答はなされていませんが、警視庁では5月21日の厚木市、6月2日の相模原市、横浜市での爆発事件との関連を調べています。以上です』
『ありがとうございました。次のニュースです。かねてより叫ばれていた包括的核兵器廃絶条約の締結にむけて、今年で被爆54年目を迎える………』
それ以降のニュースは二人の耳には入っていなかった。二人は微動だにせずに、ぼんやりと画面を見つめている。
 先に口を開いたのはスイシーゼだった。
「………お姉ちゃんのこと、何も言わない………」
「ああ………。これも報道官制かな………米軍の奴らだってシェネラと戦って無事ですむわけがないのに………」
スイシーゼはそう言った陽介の胸に顔を埋めて呟いた。
「………陽介が、とっても震えてる………。シーゼと同じなんだね………」
陽介はそっとそのスイシーゼを抱きしめる。瞳を軽く閉じたスイシーゼは再び呟いた。
「………シーゼと同じだね………。すごく………悲しい………」
再び訪れたのは、静寂だった。

Scene-2. 新世紀科学研究所・3階研究室

 ハロルド博士はスイシーゼの暴走の後を片付けた研究室の机の前の椅子に一人座っていた。
 机に置かれたデスクトップコンピュータの画面には、先のスイシーゼの記憶処理解除の作業の一部始終の記録がリストになって表示されている。そこには、装置からスイシーゼの脳に放射した波動の諸元から、その時の脳の変化の詳細なデータ、その他、処理中に得られたデータの全てが並んでいる。
「………やはり、これか………」
ハロルド博士の目は画面の一部で釘付けになっていた。そこには“Unknown Protected Area”の文字が表示されている。
「滝川博士の情報にもない、謎の保護領域………」
ハロルド博士は静かに呟きながら目を閉じた。そして続ける。
「突然の搬送計画………記憶処理命令………」
そこで一息入れてから、再び続ける。
「捕獲命令から抹殺命令への変更………執拗な追撃………」
ハロルド博士は力強く目を見開いた。彼の中で今までの謎が一応の帰結を見たのである。
 ハロルド博士は手近な電話を取り上げて、短縮ダイヤルを打ち込む。しばらくの呼び出し音の後、銅線と電波の向こうで相手が応答を返した。
『はい、下条です』
「ハロルドだが、今手は空いてるかな?」
『ええ。どうしました?』
下条の返答に、ハロルド博士は一呼吸付いてから答えた。
「早急に脳神経の専門家を集めてくれないか。できればインプラント技術の研究者が欲しい」
下条はいささか困惑したのか、数瞬返答が遅れた。
『インプラント技術はどうだか知りませんが、脳神経の専門家なら僕を含めて5人ほど確保できます。急ぎますね?』
「ああ。急いでくれ。頼む」
『頼まれました』
下条は妙な物言いで唐突に電話を切ってしまった。下条がこういう口振りと行動に出たときには、誰よりも迅速に行動するのだとハロルド博士は知っていた。
 ハロルド博士は一息ついてから立ち上がる。次の問題は彼の頭の上にいるはずだ。
「あれからまだ間がない………。彼は拒絶するか………」
呟いて、ハロルド博士は資料室を後にした。

Scene-3. 臨海埋立地

 崩壊の影響は克明に現れていた。きれいに舗装されていたはずのアスファルトはいくたもの爆発で砕け散り、工事途中で置いてあった重機は軒並み破壊されている。所々は通常兵器ではあり得ないほどに溶解していた。
 そして何よりも目を引いたのは、夥しいほどの死体だった。迷彩服を着た軍人らしい死体が、ある者は骨を砕かれ、ある者は腕を溶かされ、ある者はかつて人であったことが信じられないほどに焼けただれて、無惨に転がされている。完璧な報道官制がなければ日本中がパニックに陥るような惨状だった。
 空気をたたくような音が響いてきた。ヘリのローターの音らしい。規則的に響く音が埋立地を振るわせる。
 ヘリは比較的破壊の少ない場所に着地した。大型のヘリだった。軍事用ではなさそうだが、戦車の1台くらいは平気で積めそうな格納庫を擁しているその巨体は独特の威容を放っている。色は白、だが純白ではない。若干青みがかっている。それに対比して、コックピットのガラスは黒く、内部は見渡せない。ボディの横には大きく黒い文字で“NOAH”と書かれていた。
 ヘリの乗降ハッチが開き、中から数人の武装した兵士が降り立つ。兵士達は一応に周囲を警戒してから、乗降ハッチの周囲を取り囲むように警護する。
 その警護の中から出て来たのは、全身を黒いスーツとコートで包んだ男の姿だった。歳はそう若くもなく、しかし決して高齢でもない。30歳半ばくらいか。髪は黒く、オールバックにしている。かなりの長髪らしく、オールバックにしてもなお背中に余った髪は、うなじ辺りで無造作に纏められていた。顔はやや面長。鋭く尖ったような顎。目は横に長いサングラスのために見えない。
 男は兵士達の居並ぶ中、雄然と歩を進める。その後ろをボディガードだろうか、鍛え上げた体を黒いスーツの内側に隠した男が二人固めている。
 その男は暫く歩き、取り分け破壊の著しい場所で止まった。目の前の瓦礫と化したアスファルトを一瞥する。アスファルトの下から、一般兵士の物とは確実に異なる軍服が覗いていた。
「どけろ」
男はアスファルトに視線を落としたまま言い放った。スーツの男達がその屈強な腕でアスファルトをどかしていく。アスファルトの下から出て来たのは男性将校の体だった。
「立たせろ」
再び男が言い放つ。手近なところにいたスーツの男が顔色一つ変えずに、未だいくつかのアスファルト片の下に倒れている将校の体を、襟首を持って持ち上げた。無論立てる訳がない。スーツの男は別令あるまでこの将校の体を支え続ける事になる。
 男は襟首を捕まれてぶら下げられる格好の将校の頬を、黒い革手袋に包まれた右手で一閃した。乾いた音が響く。
「………う………」
将校の口から、か細い息が漏れる。男が暫く待っていると、次第に意識がはっきりしてきたのか、将校はうっすらと瞳をあけた。男はその将校の姿を再び一瞥すると言い放った。
「この私が直々に姿を見せているのだ。貴様のような役立たずでも礼を尽くす程度の脳はあるだろう」
将校はその瞬間、確かに硬直したようだった。それは恐怖による物だったのか。紡ぎ出す言葉が傷による物以上にふるえている。
「………ミ、ミスター………クラン………トン………」
「久しぶりだな、ベネウィッツ………。貴様の武勇伝は遠く私の耳にも入っているぞ………」
その瞬間、将校───ベネウィッツの体が凍り付いた。そして震え出す。男、ミスター・クラントンと呼ばれた男は構わず続けた。
「203との激闘から奇跡の生還を果たした英雄に、今ひとつの機会を与えようではないか。その命をもってProject Alternative IIIの礎となれ」
「………お………お許し………を………」
ベネウィッツはガタガタと聞こえそうなほど体を振るわせて哀願する。だがクラントンは全く意に介さずにきびすを返した。

Scene-4. 1999年6月15日 火曜日 新世紀科学研究所・食堂

 新世紀科学研究所の食堂には専属のコックがいるわけではない。なんのことはない、キッチンとしての体裁を整えている隣の部屋にテーブルを持ち込んでいるだけであって、食事は各自の裁量となる。新世紀科学研究所のスタッフと行動を共にするようになって長くなる陽介もまた、自分とスイシーゼの分の食事は自分で作るようにしていた。
 今日は簡単な野菜の炒め物程度しか作る気は起きなかった。それでも、買い出しにでた人に頼んでおいた───彼自身が買い出しに出るのは危険が大きすぎる───キャロットジュースは欠かさずに添えているのがいかにも彼らしいが。
 陽介はトレイに二人分の食事を乗せると、食堂を出ていこうとした。それを食堂の端で見つめる視線があった。ハロルド博士である。ハロルド博士は無言で立ち上がると、出ていこうとする陽介の肩を軽くたたいた。陽介は別段驚きもせずに振り返る。
「何ですか………?」
だが、その一言は普段の陽介からは考えられないほどに抑揚のない、押し殺したような声だった。ハロルド博士は一瞬気圧されしつつも、陽介の目を正面から見つめて言った。
「スイシーゼの様子はどうだ?」
「元気なわけがないじゃないですか………」
即座に返ってきた陽介の返事は、やはり感情のない声音だった。だがハロルド博士は構わずに本題を切り出す。
「あくまで予定だが、今度の土曜日あたりにスイシーゼの脳の検査をしたいと思っている。スイシーゼにもその旨を伝えておいてくれないか」
「無茶言わないでくださいよ………」
陽介の返答は抑揚がなかったが、それでも少々の怒気が含まれていたか。
「今の傷ついたシーゼに、そんな重荷になるようなことはさせられません。シーゼが立ち直るまで待って下さい」
陽介の口調は怒気と共に明らかに荒くなっていった。
「それまで待っていたら手遅れになりかねんな。悲しみで傷ついているのは分かるが、こちらの準備がすみ次第協力してもらう」
ハロルド博士の返答はあまりにも素っ気なく、冷酷でさえあった。
 その瞬間、ハロルド博士の“予定通り”陽介の顔が紅潮した。
「ふざけるな!!」
陽介は作りたての野菜炒めごと飯の乗ったトレイを食卓に叩きつけた。キャロットジュースの未開封の缶がトレイからこぼれ、食卓の上で音を立てる。だが、陽介は全く構わずに続けた。
「“分かる”!? 何が分かるってんだ!! 頭だけで理解して、分かったつもりになっているだけじゃないかっ!!」
ハロルド博士は無言で陽介の激昂を聞いている。
「あんたはシーゼの心を何にも分かっちゃいない!!」
「その通りだ」
食堂を振るわす陽介の叫びを、しかしハロルド博士は静かに発した一言で押しとどめた。あまりにも無情な一言で。息をのむ陽介にハロルド博士は静かに告げる。
「今のスイシーゼを一番理解してやれるのは、アブソリュートαフィールドの中にさえ声を届かせられるほどの存在である陽介君をおいて他にない。スイシーゼにとって未だに他人に過ぎない我々ではスイシーゼを理解することは出来はしないよ」
「知った風な口を………」
陽介は暴走した憤りは何とか収めたか、憎まれ句調そのままで言い返す。だがハロルド博士はその言葉さえも聞き流すかのように続けた。
「私は未だに他人だから、先が言える。陽介君、君は何をやっている?」
突然問いかけられた陽介は返答に困って口ごもってしまった。
「何って………」
数瞬、陽介を困惑させてからハロルド博士は続けた。
「スイシーゼの心を救ってやれる立場にいる、それを自覚してさえいる君が、そのスイシーゼと共に傷を舐め合っていてどうする? それではスイシーゼは誰を支えに立ち直ればいいのだ?」
そこまで言われた陽介は、ただ愕然と立ち尽くしていた。だが、ハロルド博士はそんな陽介には構わず、さらに追い打ちを掛けるかのように続けた。
「悲しむのはいい。だがスイシーゼが甘えられる唯一の存在である君には、甘えは許されていないのだ。それが理解出来ないのならどこへでも消えるがいい。ここにいてもスイシーゼのマイナス要因になるだけだ」
冷酷ともとれるハロルド博士の言葉。その言葉は刃となって陽介の心に突き刺さった。明確な痛みが陽介の身体を支配する。
「考えてみろ。陽介君、君は何のためにここにいる?」

 ───俺は、どうしてここにいる………!?
ハロルド博士の言葉に、陽介の心が応じた。
「自分が今、何をすべきか。その最善を考えろ。逃げる事などいつでもできる」
「あんたに言われなくたって!!」
咄嗟に、陽介は叫んでいた。心なしか、ハロルド博士の口元がゆがめられたような気がした。陽介は転がっていたキャロットジュースを拾い上げると、トレイを乱暴に取り上げて周囲を見向きもせずに食堂から出ていった。
 その後をハロルド博士は無言で見送る。

 数瞬してからだろうか、食堂の物陰から下条が出て来た。すこし呆れた様な表情で近付いてくる。
「ハロルド博士、ちょっと荒治療が過ぎるんじゃないですか?」
ハロルド博士はその言葉に苦笑いを浮かべた。
「私はこういうのは苦手だよ。人間は単純に見えてその実、奥が深すぎる」
視線を陽介が出ていった入口から下条へとゆっくりと動かし、続けた。
「陽介君、彼もきついことを言う。私はまだ、第三者に過ぎない、か」
ハロルド博士は、大きなため息と共に再び苦笑いを浮かべていた。

Scene-5. 新世紀科学研究所・廊下

 ───俺は、どうしてここにいる………!?
食堂を出てから何度目かの問いかけが脳裏をよぎった。その度に足を止め、繰り返す。
「………とっくの昔から、分かってる、そんなことは………」
再び歩き出す。足が止まりそうになるのを必死にこらえながら。
「シーゼに会うのが、怖い………?」
初めての感覚。スイシーゼの元に向かって、口を開くのが怖い。
「何が怖い………? シーゼに嫌われるから………?」
再び足が止まる。自問自答するには新世紀科学研究所の廊下は短い。目の前にはすでに客室が見える。

 ───思い出せ……… 俺はどうしてここにいる………? 優しいだけじゃ、シーゼは守れやしないんだ!!
陽介は心の中で迷いを断ち切ると、客室のドアを開けた。
「シーゼ、食事持って来たよ。それと………言わなくちゃいけないことがある」
ドアを開けるや否や切り出した陽介に、室内のスイシーゼはただきょとんと惚けたような表情を返していた。
ただ、陽介から伝わる波動が変わっていることに気付いていた。

Scene-6. 1999年6月19日 土曜日 新世紀科学研究所・3階研究室

 難航はしたものの、ハロルド博士達の機材は予定通り完成していた。もともと滝川博士と共に開発した、スイシーゼの記憶処理を解くためのシステムのマイナーチェンジ版とも言える今回の“インプラントデータリーダー”は、その位置づけゆえ彼らにとってはそう難しい技術ではなくなっている。それでもスイシーゼの暴走で破壊されたシステムの予備回路をサルベージする事ができなかったらまた最初から作り直しだったのだから幸いと言えた。
 インプラントは人間が経験によって構築する記憶、ニューラルネットワークを外部から人工的に脳内に形成することで情報を備蓄する技術である。また脳内の他のネットワークから隔絶することで脳の保有者本人にも認識できない記憶情報とすることができる。無論、今現在では似非科学か宇宙人の盲信者ぐらいしかこの名を口にすることはほとんどない。
 だが、ハロルド博士は先のスイシーゼの記憶処理解除で発見した保護領域に着目、スイシーゼの狙われる原因はここにあるのではないかと睨んだのである。それを確かめるのが今日の検査だった。
 スイシーゼは不安げに、再びベッドに横になった。傍らに立つ陽介に視線を向けて言う。
「ねぇ………今度は平気? シーゼ、また陽介のこと忘れちゃったりしない?」
「今度は、平気さ」
陽介はスイシーゼの肩を軽くつかんでベッドに寝かせると言った。
「この前はこっちから手を出さなきゃいけなかったけど、こんどは見るだけだからね。何にも心配することはないよ」
言い聞かせるように言うと、小さく微笑む。
「………うん」
スイシーゼは頷くと全身の力を抜いた。陽介はその様を確認すると、背後のハロルド博士に振り返って言う。
「始めて下さい」
「分かった。下条君」
ハロルド博士は頷くと、コンソールパネルに座る下条に指示をとばした。下条も頷いてコンソールパネル上に手を走らせた。数瞬して、下条の手が止まる。
「インプラントデータリーダー、起動しました。スキャナーを付けて下さい」
その言葉を受けて、陽介はスイシーゼの頭をすっぽり覆うような固まりを静かにスイシーゼのにかぶせた。
「終わるまで目を閉じてるんだよ」
「うん」
陽介に言われるまま、スイシーゼは目を閉じる。それを確認した下条の手が、再びコンソールパネルの上を走った。
「インプラントデータリード、第1シーケンス。全脳内の検査に入ります」
下条の言葉と共に、スイシーゼにかぶせられたスキャナーが作動を開始した。陽介と新世紀科学研究所の研究員が見守る中、たっぷり数分を掛けて脳内の全てが検査される。
「脳内保護領域は全部で3カ所、内1カ所は先の確認位置と同一、現在のシステムでリード可能です。残りに箇所の内1カ所は出力不足、残りは精度からして足りませんね」
「分かった。今日は読める一カ所だけを検査だ、残り2カ所は後日改めて行う」
「了解」
ハロルド博士の指示を受け、下条の指がコンソールパネルを走った。スキャナーが定点からの情報吸い出しを開始する。
 再び数分が過ぎた。
「バイナリデータ摘出完了しました。後のデータ解析は専門家に任せますよ」
下条はそう言って、インプラントデータリーダーを停止させる。陽介がほっと肩から力を抜くのが見て取れた。すぐにスイシーゼの頭からスキャナーを取り去る。
「終わったの?」
「ああ」
ベッドに半身を起こして言ったスイシーゼに陽介が答える。
 「………なんだこりゃ!?」
突然、下条の素っ頓狂な声が挙がった。全員が何事かと視線を巡らせる。
「どうした?」
ハロルド博士は小走りに下条の背後に立つと、画面をのぞき込んだ。下条は苦笑いを返しながら言う。
「こりゃ、専門家もいりませんね。不用心にもベタで入ってます。脳の超大容量を過信してんですかね?」
「確かに、見事に英文が出て来たな」
ハロルド博士も幾分拍子抜けしたかのように唸った。データ解析のエキスパート達は今回は必要なさそうだ。
「それでも随分と長いな。どの位ある?」
「そうですね、それでもテキストデータで約3メガバイトですか。読み下すとなると一大事ですよ」
「プリントアウトしてくれ」
間髪入れて帰ったハロルド博士の言葉に下条は苦笑いを返した。
「資源の無駄ですね。それにいくら何でも用紙が足りません。ディスクに落としますから画面で見て下さい」
「分かったよ」
ハロルド博士も苦笑いを返して答えた。今夜は眠れないか。
「データの方は私が読んで伝えよう。皆はシステムの改良を急いでくれ。3日もあればできるか?」
ハロルド博士の言葉に部屋の脇に立っていた作業服の一段の一人が答えた。
「出力不足の方は3日あれば。精度不足の方は倍だけ下さい」
「分かった。頼む」
ハロルド博士は簡単に納得して答えた。自動車メーカーの技術開発部門にいたこの技師は“時間さえ掛ければハッブル望遠鏡のレンズでも削りだしてやる”と豪語する職人気質の技術者で、自分の力量をわきまえていた。その彼が6日掛かるというのなら6日掛かるのだ。
 そこまで指示をとばしたハロルド博士の目の前に陽介が立った。真剣な面もちで言う。
「情報の概略、誰よりも早く俺達に教えて下さい」
「分かっている。協力の交換条件だからな」
ハロルド博士は軽く笑うと背中を見せた。見送る陽介の腕にスイシーゼがしがみついた。陽介は優しくスイシーゼの頭を撫でてやる。
 彼らがハロルド博士達の調査に協力する交換条件は“得られた情報は誰よりも早く陽介とスイシーゼに伝える”だった。

Scene-7. 1999年6月20日 月曜日 新世紀科学研究所・客室

 スイシーゼの脳にインプラントされた情報を引き出した翌日。何事もなく夜は明けた。
 窓際に置かれているベッドで寄り添ってぼんやりと朝の光を眺めていた陽介とスイシーゼは突然のノックの音で意識を鮮明にした。スイシーゼでさえ反応したのは、どうも無意識に知覚能力を止めていたらしい。
「はい」
陽介が軽く返事をすると、扉が開かれた。ハロルド博士だった。徹夜でデータを読んでいたらしい彼は、充血しかけている目で入って来た。
「何か分かりましたか?」
陽介はベッドから出ると、部屋の中央辺りのテーブル、それを挟んであるソファーに腰掛けた。ハロルド博士も向かいのソファーに腰掛ける。スイシーゼはそのままベッドに残って半身を起こし、毛布を肩まで持ち上げてくるまっている。

 「とりあえず今回の所は、な」
ハロルド博士は手に持っていた髪束をテーブルに置くと語りだした。
「陽介君はMARS計画を知っているか?」
「聞いたことはあるような気がします。昔何かの特集番組で」
ハロルド博士は一呼吸付いてから続けた。
「今回出て来たのは、このMARS計画の資料だった。MARS計画と言うのは米軍の惑星移民計画で、もうすぐ死の星になる地球から1万人の人間を火星に移住させて主の存続だけでも守ろうという物だ。日本でも80年代に話題になっている」
「そんな冗談みたいな計画、本当にやってるんですか?」
「この資料を見る限りは、な」
ハロルド博士はテーブルの上のプリントを軽くたたきながら言った。そして続ける。
「もともとMARS計画はイギリスだかのドキュメンタリー番組に端を発している。人類は死の星へと歩みを始めた地球の救済のために3つの選択肢を用意した。その内第1、第2の選択肢はどちらも地球環境を救おうとする物だった。残る第3の選択肢は前二つとは明らかに異なるもの、地球を捨てて火星へ移民するという物だ。この番組は結局“第3の選択”が実行されたというドラマ仕立ての物だったのだが………」
陽介は静かにハロルド博士の説明を聞いている。
「日本の愚かなディレクターがこの番組のフィクションであると明示した部分を削除して日本に紹介してしまったために、一部の嘘と現実の判断をしない連中を本気にさせてしまった」
「要するに作り話ですか」
「今まではな。だが、この資料がMARS計画が実際に進行していることを証明してしまった」
ハロルド博士はプリントをめくりながら説明を続ける。
「この資料では、NASA、アメリカ航空宇宙局の火星探査情報と、その情報隠蔽計画、火星基地開発計画とその進行状況が事細かに記されていた。そして驚くべき事に、計画は最終段階に達しているということだ」
「最終段階?」
「移民の開始だ」
怪訝な表情を返した陽介に、ハロルド博士はきっぱりと言い放った。陽介が息をのむ。
「だが、この計画にも疑問点はある。現在地球環境は確かに行き詰まっている。だがプラスチックの油化還元技術や大気中の窒素酸化物の吸収、温暖化の原因となる二酸化炭素の回収やオゾン層の修復などの技術も開発されつつある。滝川博士によって人類進化の可能性も証明された。地球を捨てて場所を変えるより、地球を守って共存する選択肢の方が遙かに現実性があるという現在に………」
ハロルド博士はそこまで言って、めくり続けていたプリントを、やや乱暴にテーブルに叩き付けた。
「なぜ巨額の投資をして秘密裏にMARS計画なんぞを実行せねばならない? ここに書かれていた額は国が2、3個傾くようなものだぞ。ただでさえ税金の無駄遣いだと宇宙開発事業は世論の矢面に立っているのに、だ」
無論、陽介がその疑問に答えられるはずもない。ハロルド博士は陽介の反応を待たずに続けた。
「おそらくコレは、情報の一端か、もしくは何らかの形でスイシーゼが逃亡した際の隠蔽工作でしかないと考えている。コレだけでは説明が付かないことが多すぎるし、滝川博士やスイシーゼ、シェネラが執拗に狙われるには説得力がない」
「じゃあ、真実は………?」
呟くように聞いた陽介に、ハロルド博士はスイシーゼの方へと視線を向けながら答えた。
「真実は、残る二つの保護領域、おそらく精度も出力も足らなかった方にある。それが分かった時、我々の当面の敵もはっきりするだろう」
ハロルド博士はそこまで言って立ち上がった。
「出力不足の方は明後日には検査できる予定だ。その時も協力を頼む」
「はい。でも情報は」
「ああ。最初に君達に伝える。それが交換条件だからな」
ハロルド博士は小さく笑うと部屋を後にした。

 残された陽介は深くため息を付く。スイシーゼはいつの間にか、頭まで毛布を引き上げて震えていた。陽介はその様を眺めてからハロルド博士の言葉を思い出した。
「第三の選択、か………。“3”?」
呟いた途端、何かが心の隅に引っかかったようだった。“3”という数字が何か気になる。どこかで見たような気がする。
「なぁ、シーゼ。“3”ってどこかで見なかったっけ?」
陽介の一言に、スイシーゼはただきょとんと首を傾げていた。

Scene-8. 1999年6月21日 火曜日 新世紀科学研究所・3階研究室

 スイシーゼが新世紀科学研究所に到着してから常に開発の舞台となっている3階研究室は異様なほどの熱気に包まれていた。
 新世紀科学研究所は“新世紀”の名が示すとおり、現代科学では認められにくい科学に関して研究することが主目的であり、その為の研究開発を行うことを生き甲斐にできるような人種が集まっている。つまり、世間一般では認められないインプラント技術や、α波技術などは彼らの食指をそそる物なのである。
 何より、それが成功するのか似非なのかも分からない物ではなく、確実に今そこにある物だということは彼らの熱意をさらに大きい物にしていた。ハロルド博士はその中心に立って指揮をしているが、その道のエキスパートが揃う新世紀科学研究所では、リーダーの役割は指針を示すことぐらいでしかない。全員がリーダーであり、部下なのである。
 陽介はその熱気漂う研究室に踏み込んだ。幾分真剣な面もちである。その陽介に気付いてハロルド博士は席を立った。
「どうした?」
「昨日の話なんですけど………」
「MARS計画の話か?」
「いえ」
陽介はそこで頭を振って続けた。
「“第三の選択計画”です」
「なに?」
陽介の口から出た意外な一言にハロルド博士は眉を寄せた。
「第三の選択計画、英訳すればProject Alternative III! シーゼの着ていたスーツに刻印されていた文字と同じです。それに訳せばPAIII、滝川博士が見た極秘文書の名前とも一致する」
ハロルド博士は突然核心とも言える話題を切り出した陽介に驚いて、思わず陽介の肩をつかんだ。
「いったいどこでそれだけの情報整理をしたんだ? いや、どうしてそこまで洞察できた!?」
「“3”って数字が気になったんです。色々なところで聞く数字だなって。そうしたら全部同じ意味だったんです」
「スイシーゼのスーツの刻印というのは聞かなかったが?」
陽介は小さく深呼吸して落ち着かせながら答えた。
「シーゼが最初に着ていたスーツの背中の部品です。あれにシーゼのコードナンバーと一緒に小さく刻印されていたんです」
「そうか………」
 陽介の興奮が伝播したか、ハロルド博士は数瞬深呼吸を繰り返してから続けた。
「Project Alternative III、第三の選択計画、その中にスイシーゼ達バイオニックチャイルドの兵器利用も含まれていたとすれば、これはただのMARS計画ではないな」
ハロルド博士はうなって、陽介の視線を正面から見つめる。
「第三の選択計画がどのような物であるか、その全貌はスイシーゼの残る二つの保護領域に隠されている。我々も全力を挙げて謎の解明に努めよう」
「そうすれば………」
陽介はそこまで言って一瞬言いよどんだ。しかしややあった決然と言い放つ。
「奴らにとってのスイシーゼ達の存在意義が分かる」
ハロルド博士は静かに頷いた。

Scene-9. 1999年6月22日 火曜日 新世紀科学研究所・3階研究室

 予定通り、何の障害もなくインプラントデータリーダーの高出力化は完成した。先日と同じようにベッドに横になったスイシーゼに陽介がスキャナーを被せる。スイシーゼは二度目という事でやや安心しているのか、以前ほど緊張してはいないようだ。
 再び下条の手がコンソールパネルを走る。
「インプラントデータリード、第1シーケンス。全脳内の検査に入ります」
ハロルド博士が息をのんだ。スキャナーの出力があがったおかげで、新たな保護領域を見つける可能性もある。
 だが、下条の報告は彼の危惧にも似た感情を救った。
「脳内保護領域は全部で3カ所、全て先の確認位置と同一です。今回の目標に対してのスキャニングを開始します」
インプラントデータリーダーがスキャニングを開始した。スイシーゼの脳から読み出された情報がインプラントデータリーダーを制御するコンピュータのハードディスクに単純なバイナリデータとして記録されていく。
 今回はさほど大きなデータではなかったのか。読みとりは前回の半分ほどで終わったようだ。
「読み込み終了です」
下条の声と共に、陽介はスイシーゼの頭からスキャナーと取り去った。スイシーゼは無言で半身を起こす。
 ハロルド博士はその様を見てから下条の背後に立ち、モニターを覗き込んだ。
「とりあえず開いてみてくれ」
「ええ」
下条は今回の検査で得られたファイルを簡単なバイナリエディタで開いた。その途端、ハロルド博士には理由は分からないが彼は意外そうなうなり声をあげる。
「どうした?」
「いえね、ちょっとこのデータ配列は見覚えがありましてね。きっと今回も直視できますよ。それにこのファイルを作った人はきっと日本人だ」
「なぜそこまで言える?」
聞いたハロルド博士に、下条は無言でファイルを画面上のアイコンにドラッグアンドドロップする。すると新しいウインドウが開いて無数のファイルが表示された。
「これ、日本では事実上標準のアーカイバ、LHAの物なんですよ。この通り開いたでしょ?」
「しかし、やたらとファイルが多いな」
「拡張子で判断すると、テキストファイルが34個、どれも結構大きいですね。それと、こりゃベクトルデータの拡張子だな。何かの設計図だな。とりあえず何か開いてみますか」
そう言って、下条はテキストファイルを一つダブルクリックした。FirstOpen.TXTというファイルだった。
 ハロルド博士は画面に身を乗り出して開かれたウインドウに視線をはわせる。
「“Project Alternative IIIとバイオニックウェポンに対する対抗策”。これは米軍側に敵対する人間が記載したようだな。しかも日本人か………」
ハロルド博士は唸ってから続きに目を通した。
「“最終決戦兵器α波戦闘装甲概略”、α波戦闘装甲か。バイオニックチャイルドに関する物だな。“記録者、大場泰治”………」
何気なく呟いてから、ハロルド博士とスイシーゼは同時に叫んだ。
「大場博士!?」「大場おじさん!?」
スイシーゼは驚いて下条に飛びついて肩を揺すった。
「早く読んで!! 何が書いてあるの!?」
「あ、ああ」
下条は目を白黒させながらモニターに視線をとばした。
「………1、バイオニックウェポンの脅威。バイオニックウェポンを核とした部隊と敵対する場合、従来火気の半数以上は効力をなくす。αフィールドの空間隔絶による防御力と、α波発信源の集中によるアイドリングαフィールド有効半径の拡大、それに伴うα半径内における電子機器の機能障害などが主たる原因であるが、従来兵器がバイオニックウェポンの運動性能に追従できないことも問題の重要な一つとなる………。まだ読むかい?」
下条は最初の章の第一段落に当たる部分を読み終えてから振り返っていった。スイシーゼは明らかに落胆しているようだ。
「もう、いい」
そう言って、背後に近づいて来た陽介の腕にしがみついた。
 だが陽介は内容が知りたかったようで、下条に視線を向けて言った。
「結局、α波戦闘装甲って何なんです?」
「いきなり聞かれてもなぁ」
画面を睨み付けて唸った下条の横から、ハロルド博士が口を挟む。
「設計図の、そうだな、組立図に相当する物があれば開いてくれないか。形が分かれば用途が想像できる」
「ええ。ちょっと待っていて下さい」
下条は別の拡張子のファイルをダブルクリックする。数瞬するとCADソフトが起動され、ファイルが開かれた。
「こりゃ、部品図ですね。まとめて開いてみますね」
下条は言うと、ファイル選択画面からファイルをまとめて指定して一気に開かせた。何枚もの設計図が画面に所狭しとならんでいく。その数は膨大な物で、機械設計図から電気回路設計図、果ては材質の原子配列の模式図まであるらしい。
 「それだ!」
画面を食い入るように見ていたハロルド博士が唐突に声を上げた。キャンセルボタンにマウスポインタを用意していた下条が咄嗟にマウスボタンをクリックする。余分に開いてしまった幾つかの部品図を閉じて、その先に目当ての組立図が現れた。倍率を落として画面全体に入るように調節する。
 その瞬間、ハロルド博士と下条、背後で覗き込んでいた陽介さえもが目を見開いた。全く同じ反応で顔を見合わせる。画面に出ていたのは、今までのどの兵器態系にも属さない物だった。強いて言うなら“鎧”。人間が着込む装甲である。
「パワードスーツの類か………?」
ハロルド博士は呆然としつつ呟いた。組立図の中心には、そこだけ色違いで裸体らしい人間のシルエットが描かれている。体型から予想すると女性の物か。
 側面図に目を向ける。そこに描かれた図形には、背中に天使の羽のようにぶら下がり、展開可能らしい部品の姿も見える。
「………これは、飛行ユニットですかね」
下条は天使の羽状の部品を指さして言った。幾分声が震えている。
「こんな小さい物で飛べるとも思えんが………。どんなに軽量化しても数十キロから百数十キロはするぞこれは」
ハロルド博士は馬鹿馬鹿しい物を見た眼差しそのもので答える。中世の鎧がそうであったように、体機能、主に筋力のサポートをしない限り鎧という物は装着者自身の意志で歩き回ったり跳び回ったりと言うことは非現実的である。
「大体、そんな重量物を誰が着込めると言うんだ………!?」
ハロルド博士は続けて言って、ふと言葉を切った。ここに至って、一番重要なことを失念していることに彼らは気付いたのだ。
 誰が着るのか?
 陽介達は一斉にスイシーゼに振り向いた。その視線の先で、スイシーゼは瞳をかげらせて呟いた。
「それ………シーゼが悪い人と戦うときにって、お父さんと大場おじさんが作ってた奴だよ………」
スイシーゼの呟きは静まり返った研究室に静かに響いていた。

Scene-10. 1999年6月23日 水曜日 新世紀科学研究所・客室

 結局、二度目の検査で得られた情報はα波戦闘装甲の全設計図だったが、材質に不明な部分があり、今のところ新世紀科学研究所では模倣しかできないと言う結論に達した。現在は残る一カ所の検査をするためにインプラントデータリーダーの精度を上げる工作が行われているところだった。前日までは出力の向上と同時進行だったらしく、3分の1程度までは完成しているらしい。
 無論、手伝えることなど何もない陽介は客室で長い一日をスイシーゼと過ごしていた。脳の検査が始まってから日に日にスイシーゼの表情がさらに暗い物になっていくのが陽介には分かっていた。だが、今の彼にはどうすることもできない、それもまた分かっている。
 この数日間は彼自身の非力を実感する時間でもあったのだ。
 スイシーゼは以前ほど喋らなくなり、無言でいる時間が増えていた。話題はないわけではない。陽介も聞きたいことは山のようにあったのだが、聞けないでいるのが現実である。
「ねぇ、陽介ぇ………」
ベッドの上に半身を起こして陽介にもたれているスイシーゼが口を開いた。陽介はたっぷり数瞬おいてから答える。
「なんだい?」
スイシーゼは言葉を探しているのか、一瞬口ごもってから言った。
「陽介………なんだか変わったね………。元気になった。どうして………? まだ悲しいって感じるのに………」
陽介は、いつかは聞いてくるだろうと予想していたか、別段驚きもせずに答えた。
「そりゃ、せっかく戻ってきたと想ったらまたシェネラはどこかに行っちゃって、気になるし悲しいけど………。俺がここにいる理由が、悲しんでる暇をくれなかったんだ」
「ここにいる理由?」
怪訝な表情を返したスイシーゼの頭を軽く撫でてやりながら、陽介は微笑んで答えた。
「何のためにここにいるって、ハロルド博士に言われたんだ。それで考えたんだよ。考える前に答えは出てたんだけどね」
陽介はそこまで言って、スイシーゼの身体を抱き寄せた。
「今はね、今の俺は、シーゼを守るためにここにいるんだ。シーゼを守るためにいる俺がシーゼと一緒に悲しんでるだけじゃ、シーゼを救えないだろ? 俺はシーゼを元気にしてあげなきゃいけないもんな」
「そっかぁ………それで元気になったんだね………。それに前よりもっと暖かくなったよ………」
スイシーゼは陽介の胸に顔を埋めて呟くように言った。
 肩が少し震える。スイシーゼはそのまま呟いた。
「でも、シーゼは分かんない………。シーゼはどうしてここにいるの………?」
陽介は無言でスイシーゼの背中を撫でながら、次の言葉を待っている。数秒あけて、スイシーゼは続けた。
「………記憶処理されてたときのお姉ちゃんが言ってた………。シーゼ達は、バイオニックチャイルドは戦う為だけに生み出されたって………」
スイシーゼを抱き寄せる陽介の腕に力がこもった。
「陽介?」
スイシーゼが怪訝な表情で問いかける。だが、陽介はそれには答えずに、言い聞かせるように呟いた。
「俺はシーゼの存在意義なんて物は決められない。存在意義なんて自分で決める物でも他人が与える物でもないと思う。でもね、これだけは言える………」
陽介はスイシーゼを抱きしめる腕に力を込めたまま、小さく深呼吸して続けた。
「シーゼは戦う為だけにここにいるんじゃない。そんなことのためにシーゼは生まれたんじゃない。これだけは、絶対だ」
「うん………」
陽介の腕の中で、スイシーゼは少しの風で掻き消されてしまうほどのか細い声で頷いていた。

Scene-11. 新世紀科学研究所・前

 新世紀科学研究所の前の歩道に一人の男が立っていた。ガードレールに寄りかかっている男は、別段怪しい素振りも格好もしているわけではない。待ち合わせか、一休みか、片手に缶コーヒーをもって佇んでいる。
 その男に、歩道を歩いて来たよれよれの背広を着た中年の男が話しかけた。その話しかけ方も怪しいものではない。だが、声は極端に小さかった。
「反応は?」
「ああ。今も出ている。IAFの反応だ」
「203、204か?」
「おそらく一人、この反応は204だな」
「分かった。本部に連絡する」
男達はそれだけ交わすと、再び元の一般市民に返っていった。

Scene-12. 1999年6月24日木曜日

 その研究室らしき部屋は、現代科学の粋を結集したと言われて納得してしまうような様相を呈していた。天井を半分埋め尽くしたモニター類、壁一面に並べられた完全自動制御の研究機材。およそ個人や、大学レベルで持てるような施設ではない。大企業の複合か、もしくは国家か、とてつもなく大きな資本が背景について始めて可能なものと言えた。

 その研究室の中には、白衣の男達が───一部女性も混じっているようだが───ある者はせわしなく動き、ある者はコンソールパネルにかじりついている。その真ん中で全体を見渡しているのは40歳半ばの男だった。割とがっしりした身体を白衣に包み、短く切りそろえている髪と、少々の無精髭をたたえた、むやみに視線の鋭い男。
 男の視線の先で研究員が振り返った。
「博士、結果出ました。対バイオニックウェポン用三式弾のαフィールド侵食率は13パーセント、到達距離は0.08メートルです」
「使い物にならんな」
男は吐き捨てるように言うと床に視線を落として呟いた。
「やはり、α波に勝てるのはα波だけなのか………」
男が呟いたとき、研究室の扉が開かれ研究員とは明らかに違う姿の男が駆け込んできた。怪訝な表情で振り返った白衣の男に、その男は叫んだ。
「朗報です! 都内の新世紀科学研究所と称する建物内、204を発見したという知らせが入りました!!」
男より早く、研究員達から歓声が上がった。その中にあって、男は呆然と呟く。
「スイシーゼが………見付かった………?」
「はい! 諜報部からの知らせではその様になっています」

 ───スイシーゼが見付かった?
男は心の中でその言葉だけを繰り返す。

 男を研究員達の歓声が包んでいった。気を利かせたのか、研究員の一人が呆然とする男に語りかける。
「ついに見付かったんですよ!!」
研究員はなおも呆然とする男に呼びかけた。
「やりましたね!! 大場博士!!」