第13話『大地を血の色に染めて ~ Fight to difend you』

Scene-1. 1999年7月8日 木曜日 国立重科学研究所・本部棟端末室

 国立重科学研究所は三台の第六世代コンピュータを擁し、それぞれの下には大規模なデータバンクが構築されている。そのデータバンクからのネットワークは国立重科学研究所内で完全に閉じており、あらゆる外部回線ともつながってはいない。そのデータバンクにアクセスできる端末は一部の研究室とここ、全棟唯一の端末室だけである。たしかに不便ではあるが、機密保持のためには仕方ないところなのだろう。
 何にしろ、この端末室も厳重な監視下にある。無論、バイオニックウェポン対策局の正規のメンバーでなければ近づくこともできず、たとえ正規のメンバーであっても端末操作中は室内全17機のカメラで監視される。そのカメラも固定ではなく、室内に縦横に走ったレールを移動して死角をなくすという手の込みようである。
 ハロルド博士はここ数日、常に端末室に入り浸るようになっていた。一昨日、スイシーゼのα波戦闘装甲開発がスタートしてからの大場博士は、人工α波研究も同時進行していることも手伝って更に多忙を極め、他のことに手が回らなくなっている。正当科学ではどうしても説明できないα波特殊能力の研究指揮を執れる人材がそう多くいるわけでもなく、その他の対αフィード用三式弾や擬似的なαフィールドやブラストの研究開発は頓挫していると言える。その最中、独自にインプラントデータリーダーを開発するほどのハロルド博士達、新世紀科学研究所のメンバーの力量に大場博士が興味を示したのは至極当然のことであった。
 そしてその結果が、連日の端末室通いという事態をもってハロルド博士の肩にかかってきていた。新世紀科学研究所のメンバーは独自に研究室を多数与えられ、対α波用兵器の開発を引き継いだのである。
 端末室の扉が開いて、警備員に厳重な身体チェックを受けた下条が入ってきた。端末の前のハロルド博士をめざとく見つけて近づく。
「どうです?」
下条は短く言った。それだけでハロルド博士は下条が何を聞きたかったのか悟ったのか、小さく頷くと画面を見つめたまま答えた。
「………もしかすると、根本的なところで大場博士は勘違いをしているかもしれないな………。α波特殊能力の発生原理は未だ不明のままで仮説が飛び交っている。その中で質量エネルギー変換説が有力ではあるが、それは単に現象を救う仮説でしかない」
「とは言っても、他の仮説だとあまりにも正当科学から離れますよ」
その言葉にハロルド博士はそれだと言わんばかりに微笑みながら振り返った。下条はハロルド博士が何かを閃いたときにこの反応を返すことをよく知っていたし、その閃きが今までほとんど外れたことがない神懸かり的な物であることも知っていた。それだけに、背筋が冷えるのを覚える。
「現代科学は確かにほとんどの自然現象を証明、と言うより救っている。しかしこれは根底では天球説や周天円説とさして変わらない発想だ」
数学的、実験的に得られた今日の理論を、古代の空想じみた理論と一緒にしてしまうところがハロルド博士の現実離れしたところと言えた。無論、悪く言えばただの夢想主義だが。
「現代科学は正当科学ではあるが、最終的な正解を導いているわけではない。我々が見落としている原理があかもしれないと常に疑念を持つのが、新世紀科学研究所の所以だろう?」
「また、よからぬコトを考えてますね?」
下条の言葉にハロルド博士はニヤリと口の端をつり上げた。そして言う。
「私の昔年の夢を、現実にすることが出来るかもしれない。スイシーゼ達のα波はそれを示してくれたのだ。彼女たちの起こしている現象、それを解明することで我々は神の道具を手にすることができるだろう」
 ハロルド博士はそこまで言って満足げに頷くと、下条の視線を鋭い眼光で射抜いた。数瞬の後、静かに、しかし力強く告げる。
「すなわち《永久機関》を、な!」

Scene-2. 国立重科学研究所・本部棟第6大場研究室

 「まったく、世の中何がよい方向に転ぶか分かった物ではないな」
大場博士はあきれたように呟くと、被験者室から出てきた陽介の肩を叩いた。
 スイシーゼのα波戦闘装甲の初期データ収集という地味な作業を別の研究室で続けていた大場博士が第6研究室に入ってみると、彼の目の前では重さ30キログラムに及ぶ鉄塊を陽介が吹き飛ばすと言う驚くべき結果が導き出されていた。彼が半年訓練しても及ばなかった領域に、陽介はものの一週間で達してしまった。これを驚くべき結果と言わずして何と言う。無論、この程度の力で実戦を行えるわけではないが、彼が考えるよりずっと早くに陽介が一個の戦力として使えるようになるかもしれない。α波戦闘装甲と同時期か、あるいはそれよりも早く。
 「慣れてみると、割と簡単なんですよ。指先の延長みたいな感じで」
「よくその台詞が言える」
何気なく言った陽介の言葉に、大場博士はやはりあきれた返答を返した。こうも簡単に進むとあきれる以外に反応のしようがない。
「シーゼの方は今日は終わりですか?」
「ん、今着替えているところだ。じきに来ると思うが」
現在スイシーゼは、α波戦闘装甲のソフトウェアに当たる部分の開発に協力している。
 α波戦闘装甲は体に直接着込む鎧の形状をしているため、今までの兵器とは明らかに違う操作方法をとらねばならない。それがマインドフィードバックシステム、MFSと呼ばれている技術で、操縦者の脳波と動作を関連づけてコントロールする。操縦者が望むあらゆる動作に対応するためには、それだけ多くの関連づけ情報が必要になるため、現在はハードウェアの製作と同時進行でその情報収集を行っている。
 と、廊下から小刻みな足音が近づいてきた。小学生が駆け足をするような、パタパタという足音。
「お、来たな?」
と、陽介が呟いた途端、盛大な勢いで扉が開かれた。
「陽介ぇ~!! ご飯食べよ! ゴ・ハ・ン~!」
ここ数日、正確には陽介の人工α波を知ってからスイシーゼは元の明るさを取り戻しつつあった。自分の存在という物に一応の結論を見たからなのかは分からないが、無理に装っているわけでないのは“今の”陽介には簡単に知れた。
「おし、行くか」
スイシーゼは陽介の腕にしがみついて楽しげに微笑む。
「えっと、今日は何食べよっかな? 昨日はスパゲッティ・ミートソースで、一昨日は鮭のフライだったでしょ?」
「向こう行ってから決めなよ」
「うん!」
スイシーゼは頷くと、側で見ている大場博士に視線を向けた。
「大場おじさんも一緒に食べるよね?」
「ん?」
大場博士は少し考えてから答えた。
「すまないな。今日はハロルド博士と打ち合わせがあってな。遅くなる」
「ふぅ~ん」
スイシーゼは残念そうに、だがさして深刻でもなさそうに相づちを打つと陽介の腕を引っ張った。
「ね! 早く行こうよ! シーゼお腹ペコペコだよぉ!」
「はいはい、落ち着けって」
陽介は背後の大場博士に軽く会釈すると、スイシーゼに引かれるまま第6大場研究室を後にした。

 まるで嵐か台風かと言わんばかりの騒ぎの元凶を見送りながら、大場博士は静かにため息を付いた。
───滝川博士………君が生きていたならやはり彼らを祝福するだろうね………と同時に………
大場博士は静かに目を伏せる。
───彼らを戦いの道具に仕立て上げようとしている我々を………君はきっと心底憎むだろうね………かつて君が君自身を憎んだように………
だが、立ち止まることは許されない。彼はやもすれば感情に負けそうになる自分を奮い立たせる。

 「後一週間………。そして三週間後には………」
大場博士は呟くと、自分も研究室を後にした。α波戦闘装甲も、人工α波も開発は着実に進んでいるが、開戦には間に合わない。せめて、『約束の日』には間に合わせなければならないが………
 もう時間は残されてはいない。

Scene-3. 1999年7月15日 木曜日

 開戦の日は明けた。初戦は相模湾沖の爆発と言う形で幕を開くことになる。
 7月10日から有事立法によって全船舶に出た“海上航行禁止令”は、各方面からの強い反対にあいながらも海上自衛隊の全面投入という史上初の強攻策によって徹底された。無論、この日を境に報道官制が報道各社に掛けられたのは言うまでもない。
 7月12日、主要都市近郊の海上から民間船舶の船影が消えたのを確認し、史上まれにもみない量の機雷が散布された。無論、水面近くから深海までくまなく、厚い機雷のベールが敷かれる。
 翌13日、主要都市部からの全面的な疎開勧告が発令。完全に事態を予想していたとしか言えない自衛隊と警察の誘導で、都市部のパニックは寸前で回避された。と同時に、海岸、主要幹線道路に自衛隊の全戦力が展開を開始。在日米軍基地全ての一斉制圧───一部の組織には熱狂的な支持をもって迎えられた───が行われた。
 そして14日夜、完全な臨戦態勢が完成する。どこにこれだけの兵力を蓄えていたのかと疑いたくなるような布陣が敷かれる。無論、在日米軍───15日の侵攻に関しては全く知らなかった様だが───から接収した戦力も含まれるが。
 そして15日未明、おそらく無人艦なのだろう、機雷群に接触、もしくは近接信管の察知された潜水艦が海の藻屑となって消えたことで、人類の存亡を掛けた戦いの火蓋は切って落とされた。
 現在の切り札は多くの大陸間弾道ミサイルを有するNOAHにある。日本には、ICBMを迎撃する手段は、無い。そして最終決戦兵器も完成を見ていなかった。

Scene-4. 国立重科学研究所・本部棟ロビー

 開戦のこの日、陽介は初めてバイオニックウェポン対策局から外部に連絡を取っていた。無論、全ての会話はモニターされているが、開戦という事実があればもう問題はない。
 ISDN回線を有するグレイの電話は対策局メンバーの証明であるIDカードによって無尽蔵に使うことが出来る。陽介は迷わずにIDカードを挿入すると、プッシュホンを素早く押す。もう十数年も押し続けている実家の電話番号だった。

 コール数回で受話器が取り上げられる。実家の沼津は海岸地帯にあるし、関東圏から近い。疎開勧告もとうの昔に出されていたはずだが。
『はい、衿岡です。どちら様でしょうか?』
受話器の向こうの声は女性の物だった。陽介は一瞬こみ上げる物を感じたが、小さく深呼吸する。
「母さん? 俺、陽介だけど………」
『陽介!? いったい今までどこに行ってたの!? 留守電に入れても音沙汰ないし、アパートに行っても新聞は溢れてるしポストは一杯だし!』
「ごめん」
陽介は短く答えた。その一言で電話の向こうの母親が押し黙るのが分かる。
「今は何も答えられない。ただ、こんな時期だから母さん達の無事だけでも確認したくて………」
『ちょっと待ってなさい。今お父さんと代わるから』
母親はそう言うと、側にいたのか父親に受話器を渡す。
『陽介、なんだな』
「うん。心配掛けて、ごめん」
『今どこにいるんだ』
父親のそれは詰問句調ではあったが、怒ってはいないようだった。だが、陽介は軽く深呼吸して言い放った。
「側にいる。だけど正確なことは言えない」
『側にいるのか? ならすぐに戻ってこれるな?』
「それもできない」
『なぜ? 疎開勧告が出てるが交通機関はまだ動いているはずだぞ』
「やらなくちゃいけないことが、あるんだ」
受話器の向こうの父親はしばらく押し黙っていたが、ややあって再び口を開く。
『こんな時に、やらなければならないことなのか?』
「今だから、やらなきゃいけないんだ。とにかく父さん達は早く疎開して。そうだね………周りに何もないところがいい。なるべく高台で、ちゃんと水が確保できて、畑とか農場とか近くにあるといいかも知れない。店とかあてにできなくなるから自分で食べ物調達できるようにしないと………」
陽介は、単純に不安から口数が多くなっている自分に気付いていた。おそらくは父親も気付いているだろう。自分の息子が何か大きな不安事を抱えていることも気付かない親など親ではない。
『陽介………』
「とにかく、今回の騒ぎは長くない。二週間ぐらいできっと収まるよ。だけどその後が大変なんだ。きっと………」
『何を言っているんだ陽介!? お前この騒ぎと何か関係があるのか!?』
「ごめん父さん」
陽介は詰問する父親に一言だけ告げる。やはり、父親は押し黙った。
「きっと俺、もう父さんと母さんのところには帰れない………。わがままばっかり言ってる親不孝者でごめん」
『陽介………お前………』

 陽介は、受話器を持っていない左手で目頭を押さえた。言わなければいけない。たった一言だけ。
「父さん、母さんのこと頼むよ。母さんって気丈に見えてすごく弱いから………。この騒ぎが終わって生き残れたら………一度、沼津に帰るよ。それまでは………“さようなら”、父さん、母さん。きっと、生き残って………」
『陽………!』
受話器から、父親の叫びが聞こえた。だが、陽介はすでに聞くことが出来なくなっていた。断ち切るように、フックを殴りつける。無感情な電子音とともに、IDカードが吐き出された。受話器が落ちる。

 ふと、視線を感じて、瞳だけで振り返る。
「陽介………」
スイシーゼが不安を隠そうともしない視線で見つめていた。近付いて、どうしていいのか分からないように陽介の胸に触れた。

 陽介は、ただスイシーゼを抱きしめた。二人が動きを止める。ただ、カードの抜き取りを促す電子音だけが、時を刻んでいた。

Scene-5. 1999年7月18日 日曜日

 7月17日未明、機雷群は突破された。17日を一杯に使った航空自衛隊による爆雷の投下も敵戦力を減じさせる効果を発揮したものの、すでに時間稼ぎでしかなく、水面ぎりぎりを走る魚雷は海上自衛隊の船舶を次々と沈めていった。
 そして7月18日、午前9時17分。バイオニックウェポンはついに自衛隊の前に姿を現した。横須賀基地に直接接岸した潜水艦から、沿岸から打ち出されたポットから、バイオニックウェポンBW-A型、そしてそれらを指揮する司令塔の役割を持つBW-H型が多数上陸する。事前に資料公開されていたにもかかわらず、それらの大群が押し寄せる恐怖は自衛隊員を震え上がらせるには十分だった。ここに至って疎開勧告は疎開命令に書き直され、首都圏は未曾有の大混乱に陥ることになる。
 湾岸地帯を中心に全自衛隊とバイオニックウェポンの大群は砲火とαブラストを交えることになった。
 自衛隊は新兵器、対αフィールド用三式弾を主力に、各種地雷、爆雷を惜しみなく投入し反撃に当たった。バイオニックウェポンが一カ所に集中することによって生じるαフィールドによる電子機器障害は電子機器による誘導の無力化に直結し、有視界戦闘を余儀なくされる。だが、人間の視線の届く範囲はバイオニックウェポンの運動性能にとっては接近戦を意味した。運動性能ではるかに劣る戦車隊はその防衛線を徐々に後退せざるを得なかった。

Scene-6. 国立重科学研究所・本部棟作戦指令室

 各滑走路の誘導指示、建設予定のロケット発射台の発射管制を行う航空管制司令所の役割が当初の予定だった国立重科学研究所の本部棟コントロールルームは、現在では作戦司令室として機能していた。バイオニックウェポン対策局局長神崎重蔵を中心に自衛隊の各幕僚が肩を並べている。
「事態は決して芳しいものではない」
幕僚の一人が戦況が表示されているメインスクリーンを見上げてうなった。各方面で戦線は徐々に後退しつつあった。バイオニックウェポンの部隊の予測進路上には国会議事堂を始めとする国の中枢機関が入っている。一部はバイオニックウェポン対策局を嗅ぎつけたか、御殿場へと転進していた。
「バイオニックウェポンのαブラストの威力及び有効射程、なにより運動性能そのものが我々の現有戦力のそれをはるかに凌駕していること、α波対策の遅れが戦況をさらに難しいものにしている」
「大場博士」
幕僚の戦況報告を受けて、神崎局長は大場博士に視線を向けた。
「博士、対αフィールド用三式弾と、αフィールド抑制機はたしかに効果を発揮しているが、決定打になっていないのも事実だ。今我々は決定打を欲している。スイシーゼと陽介君の実戦投入はまだできないのかね?」
α波対策を引き継いだハロルド博士達新世紀科学研究所のメンバーは大場博士と違った新しいアプローチを試みたのか、難航していた技術のいくつかを早期に完成させていた。それがBW-A401相当のバイオニックウェポンを一撃で葬る対αフィールド用三式弾と、同じくBW-A401相当のバイオニックウェポンが発するα波をある程度中和するαフィールド抑制機だった。だが、陽介の人工α波ブースターとα波戦闘装甲は完成が遅れていた。
 大場博士は神崎局長の言葉に小さく頭を振った。
「現在、陽介君の人工α波ブースターはハロルド博士達のα波リアクターの完成を待っている状態で、今朝の報告では後一週間必要だと。α波戦闘装甲に関しては現在の完成度は42パーセント、実戦投入は早くても30日から31日になります。一方のα波キャノンは電源供給装置の小型化が出来ないため拠点、この場合はここNSTLの防衛にのみ利用可能です」
「それでは切り札にならんだろうがっ!?」
幕僚の一人が机を叩いてがなり立てた。だが大場博士は毅然とした態度で言い切る。
「たとえ完成していたとしても現在の状況では投入に許可はおろせません。スイシーゼも陽介君も、たしかに単体でバイオニックウェポンと渡り合うだけの能力はありますが、戦況を一転させるほどのものでは無論ない。使い所を誤れば犠牲者が二人増えるだけの結果を招くことになるのです」
「切り札は切り札、ここぞという確実を要する任務に関してのみ彼らは投入価値があると言うことか。扱いは通常戦力ではなくSWATに近いな」
「SWATそのものです」
神崎局長の言葉に大場博士は続けた。その言葉に局長は頷くと、幕僚達を見回す。そして告げた。
「そろそろ、第一の切り札を使う覚悟を決めた方がよかろうな」
幕僚達は沈痛な面もちで頷いた。

Scene-7. 1999年7月21日 水曜日 国立重科学研究所・本部棟第6大場研究室

 携帯用の人工α波ブースターの完成まで、陽介はひたすらに構成訓練と出力向上訓練を続けていた。携帯用、とは言ってもバックパックを背負う形になる人工α波ブースターと同等の出力を想定し、α波を励起、そのα波を構成して放出、目標を破壊、もしくは排除。その訓練が連日続く。現在では、重量にして1200キログラム、大きめの車一台分を一撃で破壊するまでに威力を高めている。それも、バイオニックウェポンがαフィールドを展開したことを想定して、スイシーゼにパワーを押さえたαフィールドで防御してもらって、である。αフィールドに関してはまだまだと言わざるを得ないが、それでも装甲車の防御力を凌駕する程度にはなっている。事実上、陽介の実戦投入の準備は人工α波ブースターの完成を待つばかりとなっていたのだ。

 「よし、陽介君、今日はこのくらいにしておこう。もういい加減壊す物がなくなるぞ」
大場博士は冗談にならない一言を言ってモニターの向こうの陽介を見た。その横に、α波戦闘装甲が完成するまで本当にやることの無くなったスイシーゼが立っている。
「うん、そうだよ陽介。もう休もう!」
そのスイシーゼが大場博士の後を続けた。
『はい。じゃあこれだけやって上がります』
陽介は頷いて答えると、視線を再びターゲットへと向けた。目の前には軽の車が一台置かれている。
『ちょっと、やってみたいことがあるんです』
「ん?」
大場博士は怪訝な表情でモニターの向こうを見る。
『αブラストがαフィールドの派生でしかないってことは感覚で分かったんですけど、ならαフィールドを直接攻撃に使えないかって思って』
「なるほど」
大場博士は軽く相づちを打って納得したようだった。実際、スイシーゼが暴走したときなどはαフィールドが直接に攻撃手段になった記録がある。もっとも、その時はアブソリュートαフィールドだったが。
『やってみます』
陽介は短く言って右手を車に向け、左手を右手首に添える。別にαフィールドもαブラストも、手から放出する必要はない。事実シェネラは視線だけで捕捉して攻撃していた。だが陽介は右手を向けた方向に集中することが自分にとって一番集中しやすいと自ずと行き着いたらしい。
 大場博士達にとって助かったのは、陽介が攻撃態勢をとったことが視覚的に分かるということに尽きたが。

Scene-8. 国立重科学研究所・本部棟第6大場研究室・被験者室

 陽介は掌の先、車に集中した。もう集中が完成するまでにさしたる時間は必要ではなくなっていた。ほとんど一瞬で車を感覚で知覚する。
 次に構成を編む。いままでの直線的な構成ではない。自分ではない物を中心にαフィールドを展開する、初めての構成。構成の展開が終了すると、まるで掌の中に車が収まってしまうような錯覚にとらわれた。
───いけるか………?
陽介は一瞬脳裏によぎった雑念を無理矢理振り払うと、構成に沿ってα波の物理力を走らせた。頭で思い描いたように、車を中心にαフィールドが展開される。大場博士が“情報の物理化”と呼ぶ現象だった。
 突然、αフィールドの安定が崩れる。それは空間にかげろうが立ったように、揺らぎとして視覚的に捕らえられた。
───中心が………読み切れない………!?
陽介は感覚的に原因を察知する。重心ではない、車の存在としての中心と、αフィールドの存在の中心をあわせなければ、αフィールドは安定しない。中心が自分の時は自ずと一致していたのだが。
 必死に車の中心を探す。額に脂汗が浮かんだ。

Scene-9. 国立重科学研究所・本部棟第6大場研究室

 その陽介の様子は研究室からもよく見えた。大場博士は陽介がやろうとしていることが自分の想像と違うことに思い至って、眉をひそめる。彼は陽介がαフィールドを使って車を押しのけるものと想像していたのだが、陽介はαフィールドを車を中心に展開している。まるで車を守るように。
「どうするつもりだ、陽介君………?」
知らずに大場博士の口からそんな一言が漏れた。
 沈黙のまま数瞬がすぎた。研究室の扉が開き、ハロルド博士が入ってくる。彼も連日の徹夜でかなり疲労しているのか、少々おぼつかない足取りだった。
「陽介君は? 何をしているんです?」
「αフィールドを直接攻撃に使おうと言い出してな。やらせている。だが………何をしようとしているのかは彼にしか分からない」
ハロルド博士は大場博士の言葉にモニターを見た。車を中心に光の粒がゆっくりと舞い踊っている。αフィールドが視覚的に捕らえられる現象の一つだ。
 ハロルド博士はその様を見た途端、疲労困憊しているのが嘘のよう叫んだ。
「大場博士! 観測機器の全てを作動させてこれから彼が起こす現象を記録して下さい! 私の仮説が正しければ驚くべきことがおこる!」
「ああ、心配ない、機器は全部動いて………」
『いけええぇぇぇ!!』
大場博士が答えようとした刹那、陽介の叫び声が研究室をふるわせた。そして、文字通り驚くべきことがおこった。

 突然に車がプレス機に掛けられて球面体に張り付けられたかのようにゆがむ。物理的にゆがんだのか、視覚的にそうゆがんだように見えたのかは分からないが、何にしろ車はゆがんだ。次の瞬間には車の重心点だろうか、ある一転を目指して一気に小さくなっていくと消え去ってしまう。だが、更に次の瞬間にはその一転から爆発的な衝撃波が被験者室を振るわせた。大場博士達さえも立っていられないような激震が突き抜けるように起こる。

 大場博士の背筋が冷たくなった。
「陽介君! 無事なら返事をしろ! 陽介君!!」
あわてて研究室と被験者室とをつなぐ扉に手を掛ける。今の激震で蝶番が歪んだのか、扉はびくともしなかった。
「どいて、大場おじさん!」
スイシーゼは大場博士を押しのけると扉に向かってαブラストを叩き付けた。上から下へ叩き切るように構成すると、まるで豆腐でも切るように扉が二つに割れる。
 その様を確認もせずにスイシーゼか被験者室に飛び込もうとするが、ふと足を止めた。二つに割れた扉の向こうからパッと勢いよくVサインが飛び出したのである。その瞬間にスイシーゼが膨れっ面を作るのが見えた。
「ぶぅ~! 陽介ぇ! 心配したんだからぁ!!」
「はは、悪い悪い」
陽介は笑ってスイシーゼの頭をぽんぽんと叩く。
「でも咄嗟にαフィールドで防御しなかったらミンチになってたかな?」
「もう! 陽介の馬鹿ぁ!! 馬鹿! 馬鹿!」
スイシーゼはなおも陽介の胸を叩いていた。よほど心配したのだろう。
 「しかし、何がおこったんだ? 私の目には車が収縮していったように見えたが」
大場博士は心底理解できない様子で呟く。それに答えたのはハロルド博士だった。
「観測結果を見ないと確かなことは言えませんが………」
そう言いながらオペレーターの肩越しにコンソールパネルを操作する。メインモニターに観測記録が映し出された。
 αフィールドの反応や陽介の脳波状態、車の観測や光学映像まで、ありとあらゆる観測資料が並べられるが、その全てがある一瞬だけあり得ない数値を示していた。爆発の起きるちょうど瞬間である。マイナスのエネルギー観測やら、質量の極端な減衰やら、およそ考え得る限り全ての超常現象が軒を並べている。
「やはりな」
「どういうことだ?」
大場博士の言葉にハロルド博士はニヤリと笑って答えた。
「陽介君はαフィールドを一点に収束させることで特異点を作ったんですよ。その特異点の中は閉じた虚数回路で構成され、虚数空間に飲み込まれた車は文字通り現世から消滅しているというわけです」
「おいおい勘弁してくれ。“ディラックの海”か!?」
「でなければ、我々の既知の世界よりも“エネルギー的な次元の高い空間”と一時的に接続したのでしょうね。どちらにしろ、この観測結果はα波特殊能力の謎を解き明かす重要な手がかりになるでしょう」
ハロルド博士の突拍子もない回答に、大場博士はしばし言葉を失った。陽介に関しては完全に惚けている。

 「………ハロルド博士………君は一体………?」
かろうじて絞り出した大場博士の一言に、ハロルド博士は涼しい顔で続けた。
「なんにしろ、今回の結果で私は確信しました。α波特殊能力は質量をエネルギーに変換しているのではなく、別の次元、そうもっと高位の、“高次元空間”と呼ぶべき次元からエネルギーを転移させて実現されている。そう言う意味ではα波特殊能力は現在人類の持ちうる限り唯一の、エネルギー保存法則から外れた現象と言えるでしょう」
「仮説にすぎないな」
「その通りです」
間髪入れずに帰ってきた大場博士の言葉に、ハロルド博士はやはり間髪入れずに答えた。だが、その直後に続ける。
「ですが、研究してみる価値は、あります」

 完全に会話から取り残された陽介とスイシーゼは、とまどいの視線で互いに向き合っていた。

Scene-10. 1999年7月25日 日曜日

 湾岸地帯に展開した陸上、航空自衛隊の混成部隊である第二次防衛線は完全に壊滅した。第三次防衛線の展開されている内陸部にまでバイオニックウェポンは侵攻に成功。次第に敗戦色濃厚となっていく自衛隊の眼前に迫っていた。
 どこをどう間違ったらこんなことができるのか、飴のように溶けたキャタピラに動きのとれなくなった旧式の74式戦車は、砲塔だけ巡らせて外敵の来るであろう方向に向き直る。だが、砲手が敵を捕捉するよりも速く、それは恐ろしいまでの勢いで宙に舞っていた。主砲の仰角範囲を大きく越えて上空から飛び降りたバイオニックウェポンは上部のハッチを引きちぎる。
 恐怖に歪む自衛隊員の哀れな姿が晒された。バイオニックウェポンは一声咆哮を轟かせると、隊員の頭を殴りつける。殴りつけられた頭部は頭蓋と背骨を同時に砕かれて体の中に沈み込むと同時に、盛大な血しぶきを上げる。バイオニックウェポンはその血しぶきを浴びて再び咆哮した。別のバイオニックウェポンは後退しつつ砲撃を続ける戦車の上から強力なαブラストを浴びせていた。あたかも踏みつけられた蛙の様に、戦車は上からの圧力にひしゃげた。
 惨劇は終わることはない。もうすでに戦闘とは言えない無惨な地獄絵図が、すでに後退した第二次防衛線から取り残された部隊を襲っていた。

 開戦から10日あまりで、神奈川、静岡、千葉の各県の南部地域は完全に陥落していた。対αフィールド用三式弾とαフィールド抑制機は圧倒的多数を誇るバイオニックウェポン部隊の前には無力であり、それを擁する自衛隊もまた、無力であった。

Scene-11. 神奈川県藤沢市

 すでに戦線は遠く内陸部に達したが、現在でも沿岸地域には多数のバイオニックウェポンが残っていた。司令塔の役目を果たすBW-H型のα半径から何かの拍子に外れた末端のバイオニックウェポンは、無秩序のままに逃げまどう人間を襲っていた。
 今現在でも疎開を行っていない民間人は少なくない。疎開勧告も疎開命令も聞き入れなかった者や、疎開の途中で交通機関に足止めを食らった不運な者、彼らなりの事情で残った者など、その多くは身に降りかかった絶望に抗うすべなど持ち合わせてはいなかった。
 そして今、母子の命がバイオニックウェポンの脅威にさらされていた。年の頃、おそらくは三十路を迎えてはいないであろう母と、小学校に上がったばかりらしい少女。哀れな母子はやはりバイオニックウェポンの標的にされていた。
 猿並の知能は持ち合わせているらしいバイオニックウェポンは、母子をひと思いに殺そうとはせずに、少しずつ追いつめていた。数体のバイオニックウェポンが次第に包囲を縮める。母親は必死に娘の手を引きながら、背後の気配に振り返った。全身を体毛に覆われた、身の丈5メートル近い怪物が付かず離れず追いかけてくる。長い腕は一撃で戦車の装甲を破壊し、強靱な足は時には20メートル近い跳躍を見せる。口からは常に唾液をした垂らせ、めくれ上がった口の端からは鋭い犬歯がのぞいていた。これを怪物と言わずして何を言うのか。
 母親はすでに限界の来ている両足にむち打って走った。止まることは出来ない。止まってしまえば二度と走り出すことは出来ないだろう。そして怪物の餌食になる。
 喉がひどく痛んだ。乾いた空気がしみる。手の先の娘の姿を追った。娘はすでに唇を紫に変色させ、時折ふっと白目をむいている。とうの昔に限界を超えていた。
 絶望が押し寄せる。
 母親は何とかつなぎ止めている意識で必死に逃げ道を探す。広い通りは怪物に見つけてくれと言わんばかりだった。ならば狭い路地でなんとかやり過ごす。
 単純で、陳腐な発想だった。だがこの単純で陳腐な発想が、この母親の出来る精一杯の生きるための選択だとしても一体誰が責められよう。
 母親は無理矢理走る方向を変えて路地裏に入った。両脇を建物に囲まれた2メートルほどの路地。ここで何とかやり過ごすはずだった。だが………
 路地の出口に現れた影に、母親はとうとう膝を折った。背後から追っている怪物と同じ格好をした怪物が、赤く輝く瞳を向けている。もう何も考えることが出来ず、空を見上げる。建物の屋根から無数の赤い瞳が見下ろしていた。
 もう泣き出すこともできない。できることと言えば、ただ笑うしかない。これはきっと夢なのだと、笑い飛ばすしかない。夢ならきっと覚める。夢から覚めたとき、自分は額に滴るほどの脂汗をかき、肩で息をするだろう。隣に寝ていた新米の自衛官である夫が優しく支えてくれるに違いない。

 突然おこった物音に、現実逃避をしかかった母親は空から視線をおろした。路地を塞いでいた怪物がその巨躯を倒れさせたのである。巨躯に遮られていた光が路地に射し込む。
 呆然と眺めていると、不意に再び影が落ちた。だが、今までの影よりもずっと小さい。儚いほどに小さい。だが、その影は巨躯の背後からゆっくりと歩を進めていた。人間に見える。それも、女。いや、少女と言うべきか。赤いショートカットが風に揺れる。
 その瞬間、今まで追っていた怪物が飛び上がった。思わず身をすくめるが、標的は自分たちではないらしい。怪物は一回の跳躍で軽々と母子を飛び越え、少女に襲いかかる。
 死んだ。母親はひどく冷静に思った。怪物の腕で少女のか弱い体は引き裂かれ、その赤い臓腑をまき散らすだろう。
 だが、次の瞬間に臓腑をまき散らしたのは怪物の方だった。何が起こったのか理解できない。
 現状をいち早く理解した屋根の上の怪物達は、赤い瞳を少女に向けた。母親の見ている前で、少女の体が舞った。軽く地面を蹴ったかしただけで、あり得ない高さまで舞い上がる。そして数瞬後には屋根の上から肉塊が降り注ぐことになった。その肉塊の中に、少女は不思議なほどに汚れ一つない姿を降り立たせた。

 少女は震える母子の目の前まで近付くと、外見の通りの声音で言った。
「貴女、車は運転できるわね? オートマチックよ」
母親は突然の少女の言葉に無意識に何度も頷いていた。少女は小さく微笑むと路地の向こうを指さした。
「なら運がいいわ。路地を抜けたところにまだ使える車が一台残ってるから、それで逃げなさい。しばらくはバイオニックウェポンもいないはずだから」
少女の言うバイオニックウェポンが、あの忌まわしい怪物であろうことはすぐに知れた。母親はしばらく少女の姿を見つめていたが、少女はそれ以上何も言うことがないのか押し黙っていた。

 母親は意を決すると、娘の手を取って背を向けた。路地の向こうへと歩いていく。少女はそれを見送ってから小さくため息を付いた。
「ここも、もう壊滅状態ね。状況がまだ分からないけど、このままここで戦っていても仕方ないか………」
少女は言うと、自分も路地から出た。破壊され尽くした町並みが見える。所々出火もしていた。
「………αスーツでもないと、やってられないわね、これは………」
少女は呟くと空を見上げた。地上の惨事などお構いなしに、空は青く澄んでいた。

Scene-12. 国立重科学研究所・本部棟作戦指令室

 ここ、バイオニックウェポン対策局の作戦司令室には連日にわたって凄惨な情報報告が寄せられていた。その全てが絶望的な戦況を告げる敗走、壊滅の報告だった。
『横浜・綾瀬防衛線、交信途絶えました! 横須賀部隊はそのまま川崎・稲城防衛戦へ侵攻している模様!』
バイオニックウェポンの部隊はそれぞれ上陸した場所の地名で命名されていた。横須賀部隊は文字通り横須賀から上陸した部隊と言うことだ。
『相模原防衛線東第2師団、稲城へ移動! 川崎・稲城防衛線と合流されたし!』
『状況偵察機より入伝! 横浜・綾瀬防衛線を突破した敵部隊の一部、12個師団相当が厚木方面へ転進!』
『平塚・伊勢原防衛線、応答せよ! 平塚・伊勢原防衛線防衛線、応答せよ! 駄目です! 平塚・伊勢原防衛線、交信断絶!』
『茅ヶ崎部隊、平塚を通過! 秦野市に入ります!』
『α半径拡大を確認! 地上300メートルまでのECM効果最大! 航空隊は高度400以上を維持されたし!』
惨憺たる報告の数々。その司令室の広報に陣取っている幕僚達は為す術のない自衛隊に新たな指示を飛ばすことができなかった。拠点防衛もすでに不可能な状況であったのだ。
『茅ヶ崎部隊、秦野に駐留! 横須賀部隊の厚木転進した12個師団と茅ヶ崎部隊は秦野市で合流する模様! 後の動向に注意しろ!』
 神崎重蔵局長は座ったまま微動だにせずにスクリーンを見上げていた。
バイオニックウェポンの部隊は大きく分けて二つ。横須賀基地から上陸した部隊と、相模湾、相模川の茅ヶ崎市寄りから上陸した部隊だった。横須賀部隊はそのまま北進、逗子、鎌倉を突破して横浜、川崎へと侵攻。その一部は横浜を突破後に西へ転進、厚木から秦野に向かっている。茅ヶ崎部隊は湾岸防衛線と交戦後これを壊滅、相模川を渡って平塚へ侵攻、平塚・伊勢原防衛線を突破し秦野に駐留して、西へ転進した横須賀部隊の一部と合流を待っている模様。無論、茅ヶ崎部隊の予測進路には御殿場市の国立重科学研究所、バイオニックウェポン対策局がある。

 バイオニックウェポンに対して対策を行っていた日本でさえこれである。他の諸外国は部隊の展開もできないまま蹂躙されていた。すでに大陸部では海岸線の諸国が壊滅、海に囲まれているニュージーランドや台湾などはひとたまりもない。ロシアに至っては局地戦核の2ダースを使ってもなおモスクワ陥落の非常事態を迎えた。

 日本では、関東圏に戦力が集中しているらしく、未だに東北、北陸、四国、南九州は無傷。しかし北九州は朝鮮半島に向かったと思われる一部が上陸、関西、大阪湾には相当数の部隊が上陸している。在日米軍もバイオニックウェポン対策局の指揮下に入り応戦しているが、火力不足は否めない事実だった。

 「事態は最悪、と言わざるを得ないな………」
幕僚の一人が呻いた。
「進行速度が速すぎる。こちらの増援も後手後手に回らざるを得ないし、交戦している部隊は深刻な通信妨害に見舞われ、孤立していく。確実な情報伝達手段は発光弾と文字通り、“声”のみ。こちらからの情報の伝達も届いているのかいないのか………。状況の劣悪さは太平洋戦争末期以上かも知れん………」
他の幕僚が続ける。幕僚達の目が局長に向いた。
「局長! このままではあと一週間、約束の日を待たずに日本は陥落します! 決戦兵器の実戦投入の御決断を!!」
だが局長は小さく頭を振った。幕僚達が息をのむ。
「まだだ。まだ投入はできん。諸外国の侵攻状況から見ても日本の敵部隊は少なすぎる。敵の本隊はまだ出てきていないはずだ」
「それは予測にすぎません! 今現在の危機を乗り越えれば戦線を立て直すことも可能です!!」
「立て直したところで今の戦線では本隊に持ちこたえることはできん。大場博士」
局長は背後に立っていた大場博士に視線を向けた。幕僚達の期待の視線が一斉に向く。
「大場博士、第一の切り札を使う。現在の発射可能弾数は予定と変わりないな?」
「はい。明日、午前5時には発射可能です」
大場博士はよどみのない声音で答えた。局長は小さくうなずくと、オペレーターの方に視線を向ける。
「明日の午前5時30分の敵部隊の配置予測は出せるか?」
「はい、これです」
オペレーターの操作で、局長と幕僚達の中心の机に地図と配置予測が表示された。バイオニックウェポンの配置の密度が色で分けられている。

 神崎局長は今度は大きくうなずくと立ち上がった。
「各方面へ作戦指令伝達! 明朝5時30分! 秦野市、川崎市に“局地戦核エレメント115”を投下する! 川崎・稲城防衛線は速やかに多摩川を渡り多摩川河川敷、及び調布市、世田谷区で敵部隊を川崎に足止めしろ!」
「了解! 川崎・稲城防衛線応答せよ!!」
本部棟全体をけたたましい警報音が包み込んだ。オペレーターは全棟に向けて発令する。
『エレメント115発射準備、担当各部署は第一種戦闘配備へ移行せよ!』

Scene-13. 国立重科学研究所・本部棟職員食堂

 陽介とスイシーゼ、ハロルド博士が夕食をとっている最中、警報が鳴り響いた。陽介とスイシーゼがビクッと身を竦ませる。ここに来て初めての警報だった。続いて館内放送がかかる。
『エレメント115発射準備、担当各所は第一種戦闘配備へ移行せよ! エレメント115発射準備、担当各所は第一種戦闘配備へ移行せよ!』
その途端、食事をとっていた研究員らしき人影の数人が勢いよく立ち上がった。食事の途中にも関わらずトレイを返却して飛び出していく。
 「使うのか………」
ハロルド博士が苦渋に満ちた表情で呻いた。
「何なんです? その、エレメント115って?」
陽介の問いにハロルド博士は真剣な表情で答えた。
「局地戦核元素115番、α波戦闘装甲開発の途中から派生した新型弾頭を装備した核ミサイルだ」
「核爆弾………」
陽介は息をのんだ。非核三原則をうたう日本に核があり、しかも使うというのだ。
「大場博士がダルシィを脱出し日本国政府を相手に真実を語った。その決定的な証拠になったのが115番目の元素“ラザニウム”とそれを元にした核弾頭の設計図だったのだ」
「それを使う、と?」
ハロルド博士は目を閉じて、コーヒーを一気に喉に流し込んだ。
「事態は最終局面を迎えた、と言うことだ。にもかかわらず陽介君達に緊急出動が掛けられないのは………本隊の上陸がまだ、と踏んでいるからだろうな………」
そこまで言うと、ハロルド博士は陽介とスイシーゼの方に視線を向けた。
「覚悟しておくんだ。陽介君とスイシーゼに出動命令がかかったときは最終決戦のときだ。任務失敗は、許されない」
陽介は視線を鋭くして頷いた。

Scene-14. 1999年7月26日 月曜日 国立重科学研究所・本部棟作戦指令室

 夜が明けた。太平洋戦争以来、日本国内で初めて核が使用される忌まわしき日に、太陽が昇ってくる。

 「最終状況報告」
神崎局長の短い命令で、オペレーターが一斉に命令を各部隊に伝える。
『こちら川崎・稲城防衛線! 横須賀部隊の本隊は川崎地区にいる模様! α波発信源による確認、信頼度90パーセント以上!!』
『秦野市上空、秦野市中心部に茅ヶ崎部隊の本隊を確認! 横浜から転進した部隊も合流を始めている模様!』
「エレメント115、1番から4番まで、最終チェック完了、弾道設定入力、降下軌道突入後、高度2000で安全装置解除予定」
神崎局長は報告を聞き終え、メインスクリーンの端の時計を見た。日本標準時間で表示されている時計は5時16分をさしている。神崎局長は確認すると立ち上がった。
「各所に通達、発射時刻をJST0520に設定、カウントダウン開始せよ」
「発射時刻0520、カウントダウン開始」
「カウントダウン開始、192、191………」
司令室を緊張感が包んだ。発射時刻を入力された発射官制用のコンピュータが、メインスクリーンの一部にカウントダウンを表示する。その隣には国立重科学研究所の敷地内にあるPad Survice Tower、射座点検塔が映し出された。本部棟屋上からの映像らしい。
「発射30秒前、エレメント115固定解除」
発射の直前、ミサイルを固定していた支持が外される。
「発射10秒前、8、7、6、5、4、メインブースター点火!」
ミサイルの下部から盛大な光が放たれた。カウントダウン終了の2秒前に点火されたメインブースターは0の時に本体を地面から引き離すことになる。
「0、発射!!」
局地戦核元素115番が発射された。秦野市と川崎市に各2発ずつ。火、電気に続く第3の火が今、破壊という単純な目的のみを達成するために点火されたのだった。

 発射から数分後、秦野市に、少しだけ遅れて川崎市に局地戦核は投下された。いかに強靱なαフィールドを持つバイオニックウェポンも、核の脅威にはひとたまりもなく、直撃を受けた本隊の80パーセント以上が蒸発、残りも深手を負う。自衛隊はそれでも侵攻してくるバイオニックウェポンに対し、戦線を再構築しながら攻撃を開始。再び横須賀、茅ヶ崎などの湾岸地帯に展開する予定であった。

 7月26日午後4時33分をもって、第一波攻撃を撃退と確認、掃討戦を行いつつ第2波に備えることになる。同時に日本は、切り札の一つを失った。次のエレメント115発射可能予定日は8月20日、約束の日をとうに越えているのである。

Scene-15. 1999年7月31日 土曜日 米軍横須賀基地

 自衛隊は再び湾岸地域まで移動、前回の上陸地点である横須賀基地と茅ヶ崎市を中心に布陣を敷いていた。局地戦核元素115番の使用から五日間。バイオニックウェポン部隊の第二波は姿を現していなかった。
 だが、無論警戒の手をゆるめることは出来なかった。海上自衛隊の報告で、30日に千葉県白浜沖の海底を移動する巨大な物体を確認していた。司令室からの指示を受け多数の爆雷で攻撃するが、依然健在、移動速度は全く変わらず。そして31日未明、その移動物体を追っていた巡視艇と、増援で駆けつけた潜水艦からの交信が途絶えるという緊急事態を迎えるに至った。
 横須賀基地の部隊は目の前にまで来ているであろう第二波に、さらなる緊張を高めていたのである。

Scene-16. 国立重科学研究所・本部棟作戦司令室

 作戦司令室も無論、常時活動を続けていた。メインスクリーンの戦況相関図にバイオニックウェポンの部隊を示す色は出ていないが、海底の移動物体の進路だけは消されずに残っている。その進路表示は巡視艇と潜水艦が連絡を絶った観音崎、富津岬の中間点で途切れているが、その進路は確実に横須賀基地を目指していた。

 「今までの進行速度から計算すれば、そろそろ横須賀に現れるはずです」
幕僚がメインスクリーンを見上げつつ言った。
「第二波攻撃が来るとしても、すでに戦線は再構成されています。諸外国に対する攻撃が少なくなってきている現在、前回以上の攻撃は成されることはないでしょうから上陸直後に掃討できるでしょう」
「捕らえている第二波は今のところ海底の移動物体のみ。これが大型の潜水艦だとしても乗ってこれるバイオニックウェポンの数はたかが知れている」
幕僚達は口々に楽観論を述べるが、その表情から緊張が抜けていないのもまた事実だった。彼らもバイオニックウェポン対策局のトップクラスに選出されているだけあって、バイオニックウェポンの力を侮ってはいない。だから彼らは楽観論を述べた後にかならずこう付け加える。
「しかし、油断できる相手ではないですな」
「うむ」
 緊張を和らげるためかひたすらに口を開く幕僚達のなかにあって、神崎局長だけは無口であった。彼には確信があったのだ。第二波は少数だろう。だが、今までとは比べ物にならない程の危機を迎えるはずだ、と。
 『こちら横須賀基地湾岸防衛線、未だ海上に変化なし』
防衛線からの定時連絡が入った。定時連絡は15分間隔で作戦司令室に届くことになっている。手間のかかる作業だが、不測の事態で部隊が突然全滅したとしても情報は遅れずに届くことになる。
『鎌倉・逗子防衛線、異常なし』
『茅ヶ崎・藤沢防衛線、異常ありません』
『横浜・川崎防衛線、異常なし』
『平塚・秦野防衛線、異常なし』
いくつもの防衛線から次々と報告が入る。だが、そのどれもが平穏を伝える物だった。
『焼津・藤枝防衛線、異常なし』
関東圏の防衛線の報告が全て終わった。幕僚達が胸をなで下ろす。無言を通している神崎局長でさえそうなのは仕方のないところか。

 だが………
『こちら横須賀! 海上に異常なさざ波を確認! な、何だありゃ!?』
報告は突然の驚愕の叫びを作戦司令室に響かせた。神崎局長以下、オペレーターの一人一人までが背筋を凍らせる。
『とてつもなくでかい!! こんなのありか!?』
報告は、すでに冷静さを無くした罵声でしかなかった。音声回線だけでは状況の把握は出来ない。
「横須賀防衛線! 映像回線を回せ! こちらで状況が把握できない!」
幕僚はオペレーターのマイクをひったくって叫んだ。
『りょ、了解、映像回線を………』
その瞬間、司令室のスピーカーは大音量のノイズを響かせた。
「横須賀防衛線、交信不能!!」
オペレーターが叫ぶ。
「鎌倉・逗子防衛線に映像回線を回させろ! 横須賀はどうなっている!」
「鎌倉・逗子防衛線へ、横須賀の状況を映像回線で回されたし!」
『鎌倉・逗子、了解! ちょうど上空偵察を行っている、望遠で映像を送らせる!』
鎌倉・逗子防衛線の通信兵が側の上官に申請したらしい叫び声が聞こえる。

 数瞬するとメインモニターの一角に直通回線で送られてきた映像が映し出された。かなりの望遠で撮影しても間に合わなかったか、デジタル処理による拡大もされている。その中心に何か大きな黒い物体が立っていた。
「なんだ………あれは………?」
幕僚が息をのむ。側に立っている建物と対比させても、その物体は十分に大きい。測量結果は出ていないがおそらくは30メートルから40メートル。

 突然画面がフラッシュアウトした。閃光が消えた後、画面の中央に巨大な火柱が立ち上っている。
「………!!」
神崎局長が無言で目を見開く。その火柱が消えた後には何も残ってはいなかった。隕石でも落下したかのようなクレーターを残すのみで、全てが蒸発していた。

Scene-17. 米軍横須賀基地

 それは一瞬のことだった。上陸した第二波の先頭に立っている巨大という言葉が馬鹿馬鹿しくなるほどに巨大なバイオニックウェポンが視線を防衛線の本隊に向けた途端、突如立ち上った火柱が全てを焼き尽くした。たった一撃の火柱が戦車隊1個中隊ほどを消し飛ばしたのである。バイオニックウェポンが咆哮を上げた。それ自体はただの咆哮であったらしい。だが大気を振るわせるその咆哮は悪魔のそれと思えた。
 悪魔は金属質の青く鈍い輝きを持つ、ひび割れた巨石のような皮膚をしていた。大きく左右に張り出した肩から、筋肉をそのまま露出させたようなシルエットの腕が伸び、指は長い。その巨躯を支えるためか足の筋肉は異常に発達し、その指は一歩毎にアスファルトを踏み砕いた。頭は前に突き出した首に支えられ、閉じても皮膚で隠すことの出来ない口には鋭い刃を思わせる歯がそれぞれ意志があるがごとく蠢いている。深くくぼんだ目の中にはむき出しになった白い眼球と赤く輝く瞳孔が見えた。

 最初の一撃の難を逃れた戦車隊は果敢にも砲撃を開始した。対αフィールド用三式弾の集中砲火が巨大なバイオニックウェポンに殺到する。だが、いままでは効果の期待できた三式弾も、この悪魔の前には全くの無力だった。よほどに強力なαフィールドを展開しているのか、三式弾はバイオニックウェポンに埃を付けることすら許してはもらえない。無論、ミサイルの集中砲火も全く意味を成していなかった。

 再びバイオニックウェポンは咆哮を上げた。その途端、数本の火柱が間髪入れず連続して立ち上った。一瞬にして横須賀防衛線の一角が崩壊する。

Scene-18. 国立重科学研究所・本部棟作戦司令室

 「これをどう見る、大場博士」
神崎局長はメインスクリーンに映されたバイオニックウェポンに視線を投げかけて言う。スクリーンの中のバイオニックウェポンはその間も幾筋もの光芒で自衛隊を蹂躙していた。
「突撃型バイオニックウェポン、その最終形態、かと思われます」
大場博士は体を小刻みに震わせながら答えた。その震えは恐怖から来ているのか、それとも怒りからのそれなのか、局長には伺い知ることはできなかった。
「最終形態?」
幕僚の一人が口を挟む。大場博士はスクリーンに釘付けになったまま震える声を絞り出した。
「人間をベースに、全ての調整因子の効果を最大まで引き出した結果が“あれ”です………。しかしNOAHは未完成のG型調整因子しか持たなかったはず、あれだけの威力のαブラストを立て続けに放ってもなお行動できるとすれば………」
大場博士はそこで大きく息をのんだ。自分の言おうとしていることが自分でも信じられない。だが彼は続けた。
「………数十………いや、数百、数千の人間を取り込んでいるはず………」
「取り込む!? 喰らうのか!?」
幕僚が叫んだ。声が震えている。
「正確には同化、極限まで発達した自己再生能力の中に取り込んで自分の物としてしまったのです………。あれは………あれは、人が産み落とした悪魔のプロトタイプだ………!」
大場博士の声は今も震えていた。事態を予想していなかったわけではない。いや、予想はしていた。だが人間として考えたくはなかった。
「あれが、人間なのか!? 人間を喰らって人間が悪魔になったのか!?」
幕僚達の驚愕の叫びが作戦司令室を震えさせた。

Scene-19. 1999年8月1日 日曜日 鎌倉・逗子防衛線

 横須賀から上陸した《悪魔》はその日の内に横須賀防衛線を単体で壊滅に追い込んだ。横須賀防衛線の崩壊と同時に横須賀基地に多数のバイオニックウェポン部隊が上陸、《悪魔》を先頭に侵攻を開始。鎌倉・逗子防衛線が《悪魔》と交戦に入ったのは夜だった。
 翌8月1日早朝、壊滅した鎌倉・逗子防衛線の中央に《悪魔》はその巨躯を止めていた。足元におびただしいほどの死体が転がっている。《悪魔》の攻撃は強すぎて死体などは残らないことから考えると、配下のバイオニックウェポン部隊が中心になって攻撃したのだろう。
 《悪魔》はその死体の山の中央で咆哮を上げる。その途端、腹部の辺りの装甲とも言える皮膚が開き、細い触手が何千と飛び出した。その触手がまだ死んで間もない死体や、重傷で動くことの出来ない自衛官の体にからみつく。
 触手が脈打った。その瞬間に兵士達の体の肉が崩れていく。崩れた肉塊は触手にふれているところから次々と吸収されていった。
 一体の死体を喰らい尽くすのにそう時間はかからなかった。喰らい尽くされて骨と皮だけになった死体はその場に投げ捨てられ、触手は次の獲物を求めてさまよう。
 《悪魔》が再び咆哮を上げる。その咆哮に答えるように、《悪魔》の周囲の地面が粉々に砕け散った。大場博士の言葉通り、突撃型バイオニックウェポンは倒した自衛官の体を喰らって自分の血肉としていたのだ。

Scene-20. 1999年8月2日 月曜日 JST0500 国立重科学研究所

 約束の日の夜が明けた。凄惨な地獄絵図の展開する東から上った朝日は高層建築50階建ての本部棟を照らし出す。その本部棟の中では最後の戦いへ向けてついに、最終決戦兵器α波戦闘装甲の出撃体勢が整えられていた。

Scene-21. 1999年8月2日 月曜日 JST1230 国立重科学研究所・本部棟作戦司令室

 本部棟作戦司令室では神崎局長直々に陽介とスイシーゼに任務説明が行われていた。
「君達にはそれぞれ別任務を遂行してもらう。これは全くの別任務であって双方に関わり合いはない」
神崎局長はそう前置きしてから作戦卓の表示を指さした。
「まずはスイシーゼ、君はここ平塚市へ急行。現在平塚市を侵攻中の《悪魔》を迎撃、これを殲滅する。我々の手持ちでこの《悪魔》に対抗できるであろうカードは君しかいない」
その言葉にスイシーゼが頷いた。真剣な表情で作戦卓を見つめる。
「次に陽介君だが、君には全世界の人類の命運を預ける」
陽介は神崎局長の視線を正面から見つめ返して頷いた。
「PAIII文書の作戦予定に明記されているとおり、NOAHは本日の1800時に向けて全世界に大陸間弾道ミサイルを発射すると思われる。これを未然に防ぐため、君には横須賀へ急行してもらう」
そこまで言って神崎局長は横須賀基地を指さした。
「現在横須賀基地にはNOAHの潜水艦が数隻、接岸している。これは全て核弾頭を積載するタイプであり、この核弾頭が日本各地に発射されるものと思われる。陽介君達にはこの核弾頭を奪取、NOAHが核弾頭の発射に使用するであろう北アメリカ大陸の核ミサイル基地を攻撃してもらう」
「核ミサイルが積載されていなかったら?」
陽介は作戦卓を見つめたまま言った。神崎局長は顔色一つ変えずに答える。
「その時は潜水艦の通信システムからNOAHのダルシィ、もしくはNORAD、ペンタゴンの戦略コンピューターシステムへハッキング、これを乗っ取って使用可能な核ミサイルを使う。この作業には衛生回線で研究所の第六世代をバックアップに回す。Laplace一台だけでもシャイアン山の穴倉のコンピュータには負けんよ」
神崎局長は視線を作戦卓から陽介に移した。
「理想はそのどちらもを同時に行うことだ。それによって全世界の人類を核の脅威から救うことが出来る」
陽介は神崎局長の言葉に小さく頷いた。神崎局長は続ける。
「君達の輸送には高速輸送機を用意した。スイシーゼは平塚市上空で降下、作戦行動に入る。現在交戦中の平塚・秦野防衛線の戦力と焼津・藤枝防衛線の航空隊が援護に回る。陽介君達には装甲車を用意して輸送機に積載している。装甲車に搭乗し横須賀基地へ直接降下、横浜・川崎防衛線から急行する航空隊を援護に潜水艦へ向かってもらう。これが最終決戦だ。各残存戦力の全てを惜しみなく君達の援護に回すよ」
 そこまで言い終わって、局長は思い出したように陽介に視線を向けて言った。
「陽介君、君の乗る装甲車の運転手に有織猛一等陸佐という男が志願して、我々もそれを受理した。癖のある男だが、腕は一流だ。彼ともうまくやってくれ」
陽介は今ひとつ意味を取り切れていないのか、一瞬遅れて頷く。局長はその様を確認すると、陽介とスイシーゼの肩を掴んだ。
「君達にはすまないと思っている。若い君達に全人類の運命をゆだねるのは我々としても心苦しいのだが、現実は選択の余地を与えてはくれなかった。本当にすまない」
二人の肩から手を離した神崎局長は、二人に向かって最敬礼を見せる。
「人類の未来を、頼む」
その神崎局長に向かって陽介は最敬礼を返して見せた。
「衿岡陽介、スイシーゼの両名はこれより作戦行動に入ります!」
それだけ言うと、二人は素早くきびすを返すと作戦司令室を飛び出していった。

Scene-22. 1999年8月2日 月曜日 JST1247 国立重科学研究所・B滑走路

 機体駐機場から最も近い5000メートル級のB滑走路に高速輸送機がスタンバイしていた。後部の格納庫のハッチから装甲車が一台格納されていくのが見える。その後ろから、巨大な荷物を積んだトラックが格納庫へと入り、数分後に空荷になって出ていく。
 その輸送機の格納庫の前に、一人の自衛官が立っていた。屈強と言うことばをそのまま人間にしたような眼光の鋭い男。
 陸上自衛隊では“傭兵”の通り名で呼ばれている男、有織猛一等陸佐、東部方面隊では並ぶ者のない“有織傭兵隊”を指揮する猛者である。彼は今回の重要任務に向けて、御殿場最終防衛線から抜擢、傭兵隊の選りすぐりとともに参加している。彼の気性がそうさせたのか、ごくまれに出現するバイオニックウェポンを掃討する最終防衛線よりも、死と隣り合わせの最前線を希望した志願兵でもあった。

 有織一等陸佐の視線が本部棟から走ってきた一台のジープに向いた。ジープは運転手の自衛官と若い男女、その男女よりは少し年上であろう男の四人を乗せていた。ジープは有織一等陸佐の前で止まると、自衛官以外の三人をおろす。
 その三人の内、若い男女に一等陸佐の鋭い視線が向いた。
「お前らが“決戦兵器”か?」
太く低い声だった。戦場のにおいが広がったような錯覚を覚える。
 若い男女の男のほう、陽介が頷いた。その後ろにスイシーゼとハロルド博士が立っている。
「お前らみたいなガキのために、ここが絶対防衛拠点になってたわけか………」
その言葉に陽介は眉を潜めた。
「ガキが出しゃばって戦争ごっこか? これから行くのは遊園地じゃねぇぞ。ママのおっぱいでもしゃぶって寝てた方が似合ってるぜ」
有織一等陸佐は口の端をめくり上げるような嫌らしい笑みで言った。陽介を挑発している気配がありありと伺える。さすがに嫌な物を感じたか、スイシーゼが一歩前に出ようとする。だが陽介が片手でそれを制した。有織一等陸佐が小さく眉をひそめる。
 その瞬間、陽介は弾かれた様に飛び出して目の前の男の顔に拳を叩き込んだ。男は避けようともせずにそれを受けると、間髪入れずお返しと言わんばかりに陽介の左頬に右の拳を叩き込んだ。現役自衛官、それも“傭兵”の通り名まである男の一撃を喰らった陽介は吹き飛んだが、倒れはしなかった。咄嗟に右足一本で踏ん張り、そのまま再び右の拳を突き出した。有織一等陸佐は余裕の表情で左手で陽介の拳を受け止める。だが一瞬後の表情は真剣そのものだった。
 陽介の視線と有織一等陸佐の視線がぶつかり合う。スイシーゼが不安に満ちた表情で二人を見つめている。
 数秒が過ぎた。数秒間二人は互いの視線を射抜いたまま微動だにしない。
 その均衡を先に破ったのは他ならぬ有織だった。突然不敵な笑みを浮かべると、陽介の右の拳を握りしめる。陽介が呆気にとられて困惑した視線を向けた。
「気に入った。俺は陸上自衛隊東部方面隊普通科連隊第三戦車群指揮官、一等陸佐、有織猛。お前を化け物の巣窟に放り込む水先案内人だ」
有織は今までとはうって変わった頼もしい笑みで言う。その言葉に陽介も負けじと言い放った。
「俺は衿岡陽介。今はただ、自分で決めた精一杯をするためにだけここにいる」
やはり有織は笑みを浮かべたままその言葉を聞くと、陽介の拳を放した。まっすぐに立って陽介に視線を向ける。並んで立つと陽介の背は有織の目の高さぐらいになった。
「ああ、知ってる」
それだけ言って有織はくるりときびすを返して輸送機の方に歩き出した。背中を見せたまま左手を頭上に振る。
「守るべき者を見つけて男は強くなる。坊主のパンチはなかなか効いたぜ」
有織の視線の先、見ると数機の輸送機に戦車やら装甲車が分乗しているのが見えた。有織傭兵隊の猛者達であった。その猛者達に向かって有織猛一等陸佐の罵声にも似た命令が飛んだ。
「てめぇら気合い入れろ! 目指すは地獄の一丁目だ!! 決戦兵器どもをタマ張って送り届けるぞ!!」
その命令に猛者達が一斉に、拳とともに雄叫びをあげた。これが有織傭兵隊であった。

 陽介とスイシーゼは互いに視線を交わすと輸送機に歩いていく。その後ろをハロルド博士が追った。

Scene-23. 1999年8月2日 月曜日 JST1340 国立重科学研究所・B滑走路

 陽介達を乗せた輸送機は、有織傭兵隊を乗せた輸送機を従え、航空自衛隊の護衛を受けつつ離陸した。進路を東に取り、《悪魔》が猛威を振るう平塚、そして人類の未来の防衛の要、横須賀へと向かう。

 M-インパクトによる人類滅亡まであと4時間20分。たとえバイオニックウェポンの驚異から脱したとしても、第二の驚異を回避する術は、今の人類にはない。運命の時は、刻一刻と迫ってきていた。