第14話『滅亡30分前 ~ Count down to fall』

Scene-1. 1999年8月2日 月曜日 JST1350 南足柄市上空・輸送機格納庫

 8月2日午後1時40分に国立重科学研究所を離陸した輸送機の編隊は、バイオニックウェポン部隊のα半径の及ばない高々度を飛行していた。
 その輸送機の格納庫内には、有織一等陸佐が運転し、陽介とそのサポートのハロルド博士、そして実際に工作をする技術系の工作班が乗る装甲車が積載されている。編隊の中程を飛ぶその輸送機を囲む他の輸送機には、有織傭兵隊の戦車部隊。その周囲は航空自衛隊が固めていた。
 陽介は装甲車の装甲に寄りかかりながら右肩に巨大な機械を取り付けているところだった。腕の動きを阻害しないように各部が稼働する鎧のようなパーツ、そしてそこから延びているケーブルが背中に背負ったバックパックに接続されていた。そのバックパックからは細いケーブルが別に延び、それは陽介が頭に装着しているヘッドセットに続いている。
 ヘッドセットが陽介のα波を励起し、右腕のユニットに納められたα波ブースターが増幅、それらに必要な電力をバックパックが提供するようになっている。バックパックにはハロルド博士達が新たに開発したα波リアクターと呼ばれる特殊な原動機が組み込まれ、彼に言わせれば陽介のα波が途切れない限りは永久にエネルギーを発生し続けるらしい。
 「そいつが坊主の得物か?」
有織一等陸佐がさも珍しそうに眺める。陽介は無言で頷いて、右腕のパーツを見せた。
「こいつがあれば俺はバイオニックウェポンの部隊と対等に渡り合えます。実戦は初めてですけど、訓練はしています」
「実戦を経験してないのは命取りになりかねないな。俺の部隊の猛者どもも実戦経験無くして今の力を持っているわけじゃあない」
有織一等陸佐はぶっきらぼうに答えて、だが次の瞬間にはニヤリと笑った。
「だが、どうも聞くところによると坊主達の“力”は俺達が対αフィールド用三式弾を束にして撃つより強力らしいからな。今は信じるしかねぇ」
 その時、彼らの横から突然に重々しい金属音が響いた。陽介は既に知っていたから別段驚きはしなかったが、有織一等陸佐はあからさまな警戒色を浮かべていた。
「準備できた?」
陽介が何気なく言うと、そこに立っていたのが何であったのか有織一等陸佐も理解できたらしい。
 そこには、冗談にしては笑えない物が立っていた。全身を包むインナースーツの上から山のような装甲を付けた少女が立っているのである。漫画やアニメの世界ならば納得もできようが、実際に目の当たりにすると呆ける以外に最良のリアクションが見付からなかった。
 装甲はすこし青みがかった明るい灰色を基調にまとめられていた。無骨な線で形作られた装甲板が胸から背中、肩、腕を包み、関節部分に干渉するためか腰部分はない。太股に一際大きな部品が取り付けられ、臑から太股にかけては装甲板程度の物が覆っている。背中には天使の羽を思わせるバインダーが畳まれており、展開可能なようになっている。頭部はヘルメットに包まれてはいるがフルフェイスではなく、どちらかと言えばヘッドセットに装甲が付いたようなデザインをしている。眉間から鼻先にかけては半透明なバイザーが降りていた。α波戦闘装甲、作った者達はそう呼んでいる。
 「また、御大層な物を着込んでるもんだな。そんな重そうな荷物積んでよく動ける」
有織一等陸佐はいささか飽きられた物言いで言った。たしかに、見たところ100キログラムは軽く越えるような大荷物である。だが、それを着込んでいるスイシーゼは顔色一つ変えずに歩いていた。
「あれは“軽くなる”材質なんです」
「なに?」
何気なく答えた陽介に、有織一等陸佐は怪訝な表情を返した。陽介は続ける。
「あれ、α波戦闘装甲の至る所に115番元素を核にした重力低減装置が組み込まれていて重量を減らすんです。別に質量を誤魔化してる訳じゃないです」
「俺は矢追純一の世界は信じない主義なんだが」
「でも実際に存在している以上は、認めないといけないですね」
「ったく」
有織一等陸佐は毒づくと、格納庫の床に寝そべって続けた。
「俺達自衛隊の苦労は一体何なんだってんだ、畜生」

Scene-2. 1999年8月2日 月曜日 JST1400 国立重科学研究所・本部棟作戦司令室

 作戦司令室のモニターには、バイオニックウェポン部隊と自衛隊、平塚の《悪魔》、そして輸送機の編隊の軌跡が表示されていた。
「特殊部隊、平塚に到着まで15分!」
「平塚・秦野防衛戦、すでに80パーセントが壊滅状態です! 焼津・藤枝航空隊は現在弾薬の40パーセント以上を消費、連続攻撃はあと33分まで可能! 焼津・藤枝陸戦隊の到着まであと12分!」
次々と報告される戦況を聞きながらしかし、神崎局長以下幕僚達は打つ手を既に失っていた。人類側の切り札である局地戦核元素115番も既になく、残る最終決戦兵器α波戦闘装甲と人工α波は既に出撃済み。全てのカードが投入されている。後は決戦兵器の戦果に期待するよりはなかった。
「残存兵力の集結を急げ。航空隊はα波戦闘装甲と人工α波の到着時刻に合わせて航空支援、制空権は最初から我が方にあるのだから無理はないはずだ。弾薬を惜しむことなく投入せよ。これを失敗すれば後はない」
神崎局長は既に何度も繰り返している命令を飛ばして沈黙した。その隣、大場博士は厳しい表情でモニターを見上げているだけだった。

Scene-3. 1999年8月2日 月曜日 JST1413 平塚市

 《悪魔》が咆哮を上げた。途端に火柱が戦車隊の一角を焼き払った。
 平塚・秦野防衛戦は崩れ去っていた。その直後に到着した焼津・藤枝陸戦隊が果敢にも砲撃を開始するが、既に当然のことであるかのように対αフィールド用三式弾はその直進を強力な閉鎖領域によって妨げられていた。
 再び、《悪魔》の咆哮が轟いた。その瞬間、弾薬が尽き、傷ついて後退を始めていた平塚・秦野防衛戦の戦車隊に後方に光の壁が立ち上る。光の壁は一瞬にして戦車隊の後方に深い崖を穿ってしまった。退路を断たれて立ち往生している戦車部隊に向けてバイオニックウェポン部隊が襲いかかる。
 焼津・藤枝陸戦隊の指揮官、毛利一等陸佐はその様を目の当たりに見ていた。その瞬間に、この《悪魔》が今までのバイオニックウェポンと違う最大の点を、彼は見抜くことになった。

 《悪魔》には意志が備わっている。今までのバイオニックウェポンが定められた作戦の駒でしかなかったのに対し、この《悪魔》は明確な意志を持って部隊を統率していた。

 「………なんてこった………」
毛利一等陸佐は背筋が凍り付くのを確かに覚えた。

 その時、突然《悪魔》の動きが止まった。その配下のバイオニックウェポンも一様に動きを止める。訝しげに見る毛利一等陸佐の目の前で、何かの啓示を受けたかのように《悪魔》とバイオニックウェポンが一斉に空を向いた。
「何だ………?」
毛利一等陸佐は呆然として、《悪魔》に習ったかのように空を見上げた。黒煙に半分近くを遮られる視線の先、青空の一点に輸送機の編隊が飛んでいるのが見て取れた。

Scene-4. 1999年8月2日 月曜日 JST1415 平塚市上空・輸送機

 輸送機の格納庫の後部ハッチが開かれた。途端に格納庫内に暴風が吹き荒れる。
 その暴風の中、スイシーゼは格納庫のハッチに背を向けて立っていた。その視線の先に、装甲車の手すりに捕まってこちらを見つめ返している陽介が見えた。陽介は無言で頷く。スイシーゼも小さく頷き返した。
 その瞬間、スイシーゼは軽く床を蹴った。体が輸送機に取り残されるように空に舞い降りる。完全に空中に放り出されたスイシーゼは前傾姿勢で無動力降下を始めた。バイザーに情報表示が重なった。地面までの距離が恐ろしい勢いで小さくなっていく。全身に風を受けた。
 視線の先に巨大なプレッシャーを感じる。それが《悪魔》の姿であろうことは容易に伺い知れた。その途端、視線を鋭くする。
───エンジェルウイング、展開………!
脳裏に念ずる。正確にはその様を想像した。次の瞬間、背中のバインダー、エンジェルウイングが大きく開いた。スイシーゼの背より広く、その天使の翼が天空に羽ばたく。

Scene-5. 1999年8月2日 月曜日 JST1417 平塚市

 「………あれが、決戦兵器なのか………?」
毛利一等陸佐はたった一人の降下部隊を視線に捕らえて呟いた。信じがたい事だが、司令室から直々に通達されてきた情報に間違いがなければそういうことになる。
 毛利一等陸佐は迷いを振り払ってマイクに向かって命令した。
「全車砲撃開始! 決戦兵器を援護する!!」
陸戦隊が一斉に砲撃を開始した。航空隊も残り少ない弾薬を一気に放出する。
 《悪魔》は上空を見上げたまま咆哮した。
その瞬間、今まで戦車部隊を蹴散らしていた閃光が天空へ延びた。輸送機から放出された決戦兵器へαブラストの波動が襲いかかる。
 だが、毛利一等陸佐の見上げるその先で決戦兵器は信じられない高機動で回避する。そのまま地面ぎりぎりまで降下した決戦兵器は水平飛行に切り替えてバイオニックウェポン部隊の頭上をかすめた。決戦兵器の姿に一歩遅れて、バイオニックウェポン達が次々と爆砕していく。決戦兵器はバイオニックウェポン部隊の頭上を通過すると再び急上昇、手近なビルの屋上に降り立った。翼を展開したまま《悪魔》に向き直る。
 《悪魔》の咆哮が轟き、ビルを爆砕させた。それより一瞬早く、《悪魔》の攻撃を予測していた様な早さで決戦兵器は空に舞い上がった。

Scene-6. 1999年8月2日 月曜日 JST1419 国立重科学研究所・本部棟司令室

 「α波戦闘装甲、《悪魔》との交戦に突入しました!!」
「人工α波、横須賀到着まで17分!」
モニターにα波戦闘装甲と《悪魔》の交戦を表すマークが表示された。

Scene-7. 1999年8月2日 月曜日 JST1425 平塚市

 何度かαブラストを交わして、スイシーゼは敵に対して驚愕を禁じ得なかった。《悪魔》の扱うαブラストはα波戦闘装甲の機能のサポートを受けたスイシーゼ自身の全力斉射より僅かに小さい程度に達し、αフィールドの防御力も並大抵ではない。もし直撃を受けたとしたら、間違いなく消し飛ばされる。αフィールドは常に展開状態にしなくてはならない。
 スイシーゼはいったん上空に舞い上がって小さな集中だけでαブラストを放った。だが《悪魔》は余裕でαフィールドで防御する。
───生半可な攻撃じゃ駄目だ………
スイシーゼは悟ると、意識を集中した。αブラストの為だけにα波を増幅していく。
「いけぇっ!!」
両手を勢いよく前方、《悪魔》の方に突き出し、その先からαブラストを放射する。一点集中、αフィールドが破れれば、まずはそれでいい。
 スイシーゼと《悪魔》の間でα波同士が激突した。莫大なエネルギーの余波が周囲のビルを倒壊させる。閃光と共にスイシーゼのαブラストは《悪魔》のαフィールドを打ち抜いた。そのままの勢いで《悪魔》の肩口から左腕を焼き払う。
「やったか!?」
地上から見ていた毛利一等陸佐が叫ぶ。だが………

 《悪魔》が咆哮した。その瞬間に傷口から組織が目を見張る勢いで再生していく。そしてものの10秒ほどで完全に復元してしまった。環境適応能力を強化するF型調整因子の効力により、極限まで発達させられた新陳代謝能力だった。

 再び《悪魔》の咆哮が轟いた。だがその視線はスイシーゼではなく戦車部隊の中核を見つめていた。
───いけない!!
スイシーゼは《悪魔》の意図を咄嗟に察して、《悪魔》と戦車部隊の間に飛び込んだ。次の瞬間、《悪魔》のαブラストが襲いかかる。
───アブソリュートαフィールド展開!!
突如としてスイシーゼの目の前に青白く輝く断層が出現した。《悪魔》のαブラストが断層の表面に当たり、激しく抵抗する。その余りの圧力の大きさにスイシーゼの体が後退した。両足を地面に踏ん張り、展開したエンジェルウィングと大腿部の重力推進を作動させる。衝突の余波が断層に沿ってアスファルトを砕き、ビルを倒壊させる。数秒も続いたであろうα波同士の正面激突は、スイシーゼのアブソリュートαフィールドが耐え抜いたことで終わりを告げた。
 αブラストの圧力が消えたことを確認してスイシーゼはアブソリュートαフィールドを通常のαフィールドまで戻す。そして視線を《悪魔》に向けた。その瞬間に背筋が凍り付くのを覚える。

 《悪魔》はその時、たしかに笑っていたのだ。

 毛利一等陸佐にもその様がたしかに見えた。
「笑ってやがる………」
やはり、《悪魔》には明確な意志がある。

 ───こいつ………一体………?
スイシーゼか訝しげな表情で《悪魔》を見た瞬間、《悪魔》は確かにそれに答えた。α波を扱う者にしか受け取ることのできない特殊な意志の伝達ではあったが、《悪魔》に対して集中していたスイシーゼは図らずもその意志を受け取ることになった。
───久しぶりだな………204………
脳裏に響いたイメージが言葉として像を結ぶ。それは確かに、スイシーゼの記憶の中にある気配だった。
───待っていた………
それがスイシーゼに向けられた《悪魔》の意志の流れであることは明確だった。声はスイシーゼに届いていることなど気付いていないのか、淡々と続ける。思わずスイシーゼはその声に聞き入ってしまう。
───私がこの様な姿になったのは………お前がいたからだ………! お前さえいなければ………!
スイシーゼは目を見開いた。姉を利用し、スイシーゼを、父を追いかけていた男の姿が脳裏に浮かぶ。
「まさかっ!?」
『スイシーゼえええぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
スイシーゼと《悪魔》が叫ぶのは殆ど同時だった。その瞬間、スイシーゼの目の前に閃光が走る。
「うわっ!?」
スイシーゼは通常のαフィールドだけでその攻撃をまともに喰らってしまう。殺しきれなかった圧力がスイシーゼ自身の体を容赦なく吹き飛ばし、α波戦闘装甲に悲鳴を上げさせた。スイシーゼの体はαフィールドを張ったまま、背後の戦車隊を巻き添えにビルの外壁を打ち抜いた。そのまま《悪魔》のαブラストはビルを崩壊させる。スイシーゼの体がビルの瓦礫の下に消えた。
 次の瞬間、崩れるビルの瓦礫が木っ端微塵に砕け散った。その中心に立っているスイシーゼは息を荒げて目の前の《悪魔》を睨み付けた。
「………まさか、このバイオニックウェポンって………」
信じたくはなかった。だが、それは真実であると確信できた。
「………ベネウィッツ………」
スイシーゼは呆然と呟いていた。

Scene-8. 1999年8月2日 月曜日 JST1436 横須賀基地

 輸送機は高々度から一気に急降下を開始していた。援護の航空隊が一斉に横須賀基地に残るバイオニックウェポン部隊の掃討を開始する中、機体をぎりぎりまでアスファルトに近づける。その格納庫の後部ハッチが展開された。格納庫内に暴風が吹き荒れる。
 装甲車は陽介達を乗せてハッチに背を向けていた。その中で有織一等陸佐はその野生じみた声を張り上げた。
「うまくやれよ機長! バドを1ダースおごるぞ!!」
その声が聞こえたわけでも無かろうが、輸送機は見事なまでに水平を保ってアスファルトに肉薄する。突然、装甲車の後部に取り付けられていたパラシュートが開いた。風をはらんで展開したパラシュートは輸送機から装甲車を引っぱり出す。装甲車はそのままタイヤをフル回転させて路面に滑り降りた。同時にパラシュートを切り離す。他の輸送機も同じだった。有織傭兵隊の空挺戦車部隊を次々と投下していく。
 「有織傭兵隊! 最大戦速! 突っ込め!!」
空挺戦車に囲まれて装甲車が走り出した。上空から航空隊が爆撃し、それでも残ったバイオニックウェポンを戦車部隊が攻撃する。工作班を乗せている装甲車そのものを陽介が防御する布陣だった。
「出ます!」
陽介はそれだけ言い放って、梯子に足をかけて上部のハッチから半身を乗り出した。途端に風をまともに受ける。目の前に黒煙が広がっていた。
「来るぞ坊主!」
有織一等陸佐の罵声にも似た声が響く。言われるまでもなく、陽介の視界には爆撃の間隙を縫ったバイオニックウェポン数体の姿が見えていた。
 もう集中時間はさして必要ない。踊りだした数体のバイオニックウェポンに視線を飛ばし、標的を定める。右腕を前方に突き出して一気に息を吐き出した。
「はあぁっ!!」
その瞬間にバイオニックウェポンの体に風穴が開く。バイオニックウェポンはもがくことも許されないまま大地に横たわった。その上を装甲車と戦車部隊が走破していく。
「やるじゃねぇか坊主! 次は右からだ!!」
有織一等陸佐の声に陽介は素早く右を向いた。視線で確認するより早く、感覚の内にバイオニックウェポンの姿を捕らえる。右腕を一閃した。次の瞬間には飛び出したバイオニックウェポンの上半身が吹き飛んでいた。

Scene-9. 1999年8月2日 月曜日 JST1448 国立重科学研究所・本部棟司令室

 「1448時、有織傭兵隊、横須賀にて交戦開始! 潜水艦への予定到着時刻はバイオニックウェポン部隊の布陣の予想外の厚さのため1535時プラスマイナス10分の予定!」
「装甲車と連絡は取れるか!?」
大場博士はオペレーターの報告に身を乗り出して叫んだ。
「可能です!」
「つないでくれ!」
そう叫んで、大場博士は手近なマイクをひったくるようにして取り上げた。その瞬間に爆発の大音響とタイヤの走行音やキャタピラの音が司令室を響かせた。
「ハロルド博士! 30分を越える交戦は陽介君には無理だ!! 有織傭兵隊の方で食い止められないか!?」
『どうだ!? 有織一等陸佐!!』
ハロルド博士の声に続いて、通信機の向こうで有織一等陸佐の罵声が響いた。
『無茶言うんじゃねぇ! 坊主のサポートで何とか持ちこたえている状態だ!!』
「それを何とかするのがプロだろう!?」
大場博士は思わずマイクに叫んでいた。
『現場を見てない連中がずべこべ言うんじゃねぇ!!』
『やります!』
有織一等陸佐の罵声に続いて陽介の声が割り込んだ。大場博士が息をのむ。
『たかが10分や20分の差だ! やってできないことはない!』

Scene-10. 1999年8月2日 月曜日 JST1450 横須賀基地

 「よく言った坊主! 突っ込むぞ!!」
「行って下さい!!」
有織一等陸佐は自らもバイオニックウェポンの攻撃を神業のような運転で切り抜けながら叫んだ。陽介もハッチの上から叫び返す。戦車隊の砲身の仰角限界より上にジャンプしたバイオニックウェポンが上空から装甲車に躍りかかった。
───数が多すぎる………!!
陽介は咄嗟に判断すると、αフィールドを装甲車全体を守るように展開した。飛び降りたバイオニックウェポンがαフィールドを破れずにアスファルトに転がる。その直後を疾走していた空挺戦車がその無限軌道でバイオニックウェポンを踏みつぶした。
「大丈夫か陽介君!?」
装甲車の中からハロルド博士の声が聞こえる。
「まだ行ける! 吐き気までは行ってない!!」
陽介は自分の体に渇を入れるように叫んで、前方から踊りだしたバイオニックウェポンを吹き飛ばした。

Scene-11. 1999年8月2日 月曜日 JST1505 平塚市

 また一つビルが倒壊した。その瓦礫の間隙を縫ってスイシーゼはアスファルトぎりぎりを低空飛行する。その上から再びαブラストが襲いかかった。スイシーゼは咄嗟に、再びビルとビルの狭間に飛び込んで直撃をさける。二つのビルが倒壊した。
 スイシーゼと言えども、全力のαブラストなどそう何度も撃てるものではない。身体機能が麻痺することはなくても、立て続けに撃てば極度の疲労は免れ得ない。だが、《悪魔》は際限なく強力なαブラストを放射していた。
───いつまで撃てるの………?
スイシーゼは絶え間なく降り注ぐαブラストをかいくぐりながら歯がみした。ねらっている《悪魔》の活動限界がまるで来ない。一体どれだけの人間が犠牲になったのか。

Scene-12. 1999年8月2日 月曜日 JST1510 横須賀基地

 バイオニックウェポン部隊の攻撃は全くやむことはなかった。次々に襲いかかるバイオニックウェポンに陽介の疲労がたまってくる。
 上空から飛びかかったバイオニックウェポンを薙払った瞬間、陽介は明確な吐き気を覚えた。思わず左手で口元を押さえる。
「陽介君!?」
ハロルド博士の声が響くが陽介は答えることはなかった。よけいな体力を使ってしまうわけにはいかない。
「坊主! 次が来るぞ! できるか!?」
有織一等陸佐の声が響いた。
「できるに決まってる!!」
陽介は叫びを集中力にしてバイオニックウェポンを薙払った。その瞬間、彼は確かに感じた。今までのバイオニックウェポンには無かった大きなプレッシャーを前方から感じる。
「気を付けて! 前にでかいのがいる!! 今までの比じゃない!!」
「ああ!!」
有織一等陸佐は叫び返すと歯を食いしばってハンドルを握りしめた。その遥か彼方前方に大きなバイオニックウェポンが見える。
「あれか?」
陽介の言った“でかいの”を目視確認して呟く。その瞬間に異変が起こった。突然に有織傭兵隊の戦車部隊の一角が爆発炎上したのである。
「なんだ!?」
有織一等陸佐が叫んだ途端、すぐとなりを疾走していた空挺戦車が火を噴いた。それと同時に装甲車を大きな振動が包んだ。
 陽介はハッチの上からそのバイオニックウェポンを見て歯がみした。今までの量産型とは違いすぎる。おそらくは部隊の司令塔の役目をするBW-H型だろうが………今の陽介に残された力では装甲車一台を防御するのが精一杯だった。
───どうする!? 戦力が違いすぎるぞ!!
次の瞬間、前方の戦車が爆発を起こした。その爆炎の中に装甲車が突っ込む。陽介はαフィールドと左手で自分の体をかばう。
───考えろ!! あいつを倒せるとしたら俺しかいない!!
航空隊が事態を察知したか、そのバイオニックウェポンめがけて攻撃を集中する。だがバイオニックウェポンは強力なαフィールドで防御していた。バイオニックウェポンのαフィールドの表面が爆発の光を受けて輝いた。
 その様を見た瞬間、陽介の脳裏に何かが閃いた。
「俺に考えがある! このまま突っ込んで!!」
「オーライ!! 任せたぜ!!」
有織一等陸佐は陽介の言葉に従って装甲車をバイオニックウェポンに向けて走らせた。陽介のαフィールドが装甲車を包み込む。バイオニックウェポンからのαブラストが装甲車に殺到した。陽介は歯を食いしばって何とかαフィールドを維持していた。バイオニックウェポンが目前に迫る。全力でαブラストを撃とうとしているのか、バイオニックウェポンは両足を広げて両手を装甲車に向けて突き出した。
 ───今だ!!
その瞬間、陽介はαフィールドを装甲車ではなくバイオニックウェポンを中心に展開させた。そのαフィールドを一気に縮小していく。バイオニックウェポンと陽介のαフィールドが接触して稲光のような放電を発した。その途端に放たれたαブラストは陽介のαフィールドに阻まれてバイオニックウェポンを包み込む。
「潰れちまええええぇぇぇぇ!!!」
気合い一閃、陽介は全身の力と集中力をαフィールド一点に集中させた。バイオニックウェポンとのαフィールド合戦では、今の疲労した陽介には勝ち目はない。だが、αブラストを放った直後の集中力の途切れた状態ならもしくは………
 バイオニックウェポンの体がαフィールドに押しつぶされるように縮んでいく。大場博士の研究室で陽介が見せた現象だった。
───もう一息!
陽介が一気に息を吐き出した瞬間、αフィールドは一点へと収縮していった。次の瞬間にはそこから膨大なエネルギーが爆発となって膨れ上がる。
「よけて!」
「ままよ!!」
陽介の叫びを受けて有織一等陸佐が爆心地から素早く進路を変更して装甲車を運ぶ。爆発の威力が装甲車を後方から突き飛ばした。
「ちぃっ!」
有織一等陸佐が舌打ちする。この爆発の中で装甲車の安定を保つのは並大抵ではない。
 時を同じくして、ハッチから陽介の体が装甲車の中に文字通り落ちてきた。床にたたきつけられた陽介の体をハロルド博士があわてて助け起こす。装甲車の奥に陣取っている工作班の心配げな表情が取り囲んだ。
「陽介君! しっかりしろ!! 陽介君!!」
だが陽介はうっすらと目を開けただけで答える体力はないようだった。
「よくやった“陽介”! 後は俺達に任せておけ!!」
有織一等陸佐の力強い声が響いた。陽介が力無く笑う。
「学者さんよ! 陽介はもう使えないんだな!?」
有織一等陸佐は前方を見据えたまま言った。ハロルド博士は陽介の体を抱えたまま答える。
「交戦時間と密度が高すぎた! 少し休養が必要だ!」
「分かった!!」
叫んだ直後、有織一等陸佐の表情が凍り付いた。思わずハンドルを拳で殴りつける。
「どうした?」
「学者さんよ! 陽介のその武器を俺に貸せ!」
「なに!?」
怪訝な表情を返したハロルド博士に有織一等陸佐は苛立ちを隠さないまま叫んだ。
「さっきと同じヤツがまだいやがるんだよ!! さっさとしねぇか!!」
ハロルド博士は背筋が冷えるのを確かに感じながらしかし、叫び返していた。
「無茶を言うな!! これは陽介君専用に調整されていて他人が使うことはできない!!」
「やってみなくちゃ分からんだろうが!!」
「分かっているから言っている!!」
「とにかく貸せ! 他に手はねぇんだ!!」
その叫び合いをはっきりと保っている意識で聞きながら、陽介は歯がみした。腕一本動かすのがやっとの自分の体ではどうすることもできない。刻一刻とバイオニックウェポンの気配が近付いてきているのが分かった。

 ───ん………? なんだこの気配!?
突然、感覚の端に新しい気配が飛び込んできた。今までのバイオニックウェポンとは違う、むしろ強いα波反応が突然近付いてきたのだ。その気配は一直線に装甲車に近付いてくる。
───まさか………この感じは………!?
その瞬間、陽介は笑った。思わず呟く。
「………あの“馬鹿”………散々心配かけさせやがって………」
「どうした陽介君?」
ハロルド博士が怪訝な表情をして陽介の顔をのぞき込む。
「何だ!?」
次の瞬間、目の前まで迫っていたバイオニックウェポンが突然爆発した。それと殆ど同時に装甲車の天井に何かがぶつかったような音がする。
「上に乗られたか!?」
有織一等陸佐は舌打ちして振り落とそうとハンドルを握りしめた。だが、それを止めたのは陽介だった。
「………大丈夫………心配ないよ………」
「何?」
有織一等陸佐は思いっきり切りそうになったハンドルに手を掛けたまま振り向いた。
「このまま潜水艦に向かって」
陽介は半身を起こして有織一等陸佐に笑い掛けた。
「俺なんかより頼りになるヤツが上にいるから」

Scene-13. 1999年8月2日 月曜日 JST1540 平塚市

 既に平塚市は瓦礫の山と化していた。《悪魔》が次々と放つαブラストで建物はただのコンクリート片になり、巻き添えを食った戦車隊が黒煙を上げている。
 スイシーゼはいまだに決定打を見いだせないまま《悪魔》と対峙していた。《悪魔》のαブラストは全く衰えていなかった。
『スイシーゼえええぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
再び《悪魔》が咆哮した。装甲のような下腹部が開き、無数の触手が飛び出す。
「なっ!?」
スイシーゼはあわてて急上昇を掛けた。その姿を追って触手も天高く伸びていく。スイシーゼは追いすがる触手を打ち払い、四方から迫る触手を何とかかわす。だが、第二波、第三波はすぐ近くまで迫っていた。迫り来る数十の触手をαブラストで焼く。その途端、後方に回り込んでいた触手がスイシーゼの体をからめ取った。
「ああああぁぁぁぁ!!」
触手はスイシーゼの体を空中で振り回して手近な瓦礫の山に叩き付ける。αフィールドで防御したスイシーゼの体が瓦礫の中に消えた。
 数瞬して、落下地点から十数メートル離れた地点の瓦礫が吹き飛んでスイシーゼの姿が空に舞い上がった。そのスイシーゼを目がけ、《悪魔》は信じられない速度で跳躍した。巨体がスイシーゼの頭上に舞い上がる。
 咆哮が轟いた。その瞬間、スイシーゼの体はαブラストの圧力に押されて地面目がけて落下していた。《悪魔》は落下するスイシーゼに向けて追撃の第二波を放つ。だがスイシーゼは展開したエンジェルウイングの推力を一気に発動させて、その射線から退避していた。《悪魔》が轟音を立てて着地する。余りの衝撃に瓦礫が舞い上がった。

Scene-14. 1999年8月2日 月曜日 JST1543 横須賀基地

 横須賀基地に停泊している潜水艦に装甲車は到着した。戦車隊も残った数台が到着する。
 装甲車のハッチからいち早く身を乗り出した有織一等陸佐は、陽介に引き続いて装甲車を守っていた者の姿を探した。だが、この場に不釣り合いな赤毛の少女の姿をおいて他に、それらしい者はいない。続いてハロルド博士がハッチから顔を出す。彼はその少女に見覚えがあるのか、一瞬驚いたような表情を浮かべるとあわてて装甲車から飛び降りる。
 少女はその二人の姿には興味がないのか、じっと装甲車の方を見つめていた。青年の姿が現れる。少しおぼつかない足取りで装甲車から降りた。
「………陽介さん………」
か細い声だった。だが、その声はかろうじて有織一等陸佐の耳に入る。有織一等陸佐は怪訝な表情で、装甲車から降りた陽介の姿に視線を飛ばした。
 陽介は無言だった。人工α波ブースターを背負ったまま、無言で少女の方へと歩を進める。表情が心なしか険しかった。
 陽介は終始無言で歩くと、少女の目の前で立ち止まった。やはり無言で少女の視線を見下ろす。少女も無言で陽介の視線を見上げていた。突然、陽介の拳が少女の頭を叩いた。
「痛っ………」
少女が思わず目をつぶる。そして再び、不安げな表情を陽介に向けた。
 陽介は既に厳しい表情を崩していた。小さく微笑んで、一言だけ言う。
「心配かけやがって、この“馬鹿”」
「ごめん………なさい………」
俯く少女の体を、陽介は迷わずに抱きしめた。陽介の胸の中で少女は瞳を見開いた。その瞳から涙が溢れる。
「ごめんなさい………」
少女、シェネラはそれだけ言って瞳を閉じると、両腕で陽介の体を抱きしめていた。

Scene-15. 1999年8月2日 月曜日 JST1544 国立重科学研究所・本部棟司令室

 「局長!!」
オペレーターが突然振り返った。神崎局長は無言でオペレーターを見る。
「1544時、有織傭兵隊、潜水艦へ到着しました!」
「そうか!!」
幕僚達が歓声を上げる。これで少なくとも核の脅威に対する対策は可能性が出てきた。
「陽介君は大丈夫なのか!?」
大場博士はオペレーターから通信機のヘッドセットを引ったくって叫んだ。
『心配ありません』
通信機の向こう側に出ていたのはハロルド博士らしかった。大場博士は安堵した表情を漏らす。
『それと、大場博士。シェネラが………シェネラが帰ってきましたよ!!』
「………………!!」
その知らせに大場博士は息をのんだ。
「本当なのか………? ハロルド博士………?」
『こんな悪質な嘘はつきませんよ。陽介君のα波を感じて意を決して出てきたそうです』
「そうか………そうか………!」
大場博士は感極まって、その場で嗚咽を漏らす。その肩を静かに近付いてきていた神崎局長が叩いた。

Scene-16. 1999年8月2日 月曜日 JST1550 横須賀基地

 有織傭兵隊の警護の元で工作班が次々と潜水艦内に入っていく。既に潜水艦内にはバイオニックウェポンの気配はしなかったが、危険はそれだけとは限らない。機械的な警戒システムは陽介の感覚にもシェネラの感覚にも掴めないからだ。
「我々も中に入るか」
ハロルド博士は工作班の最後尾について潜水艦の内部に入っていく。
 潜水艦の内部は静かだった。照明が落とされ薄暗い艦内をサーチライトを頼りに進んでいく。目指しているのは火器官制を執り行うブリッジだ。
「おい、学者さんよ。潜水艦の内部ってなこんな感じだったか?」
陽介達の前を歩いている有織一等陸佐が何気ない一言をハロルド博士に向けて言った。たしかに、通常の潜水艦より整っている通路だ。それが潜水艦の中だと思えないほどに広い。
「潜水艦の中ってやつは、もう少しこう………コマゴマしているもんだと思ったが」
「新型艦か………、特殊艦なのだろうな………。今までにない型だ」
その近くを歩いている陽介は物珍しそうに周囲を眺めていた。さすがに軍事兵器である潜水艦の中など見たこともない。
シェネラはその陽介に寄り添うように歩いていた。
「ありました」
先頭を歩いていた傭兵隊の兵士から声があがった。彼の目の前に潜水艦の機能を司るブリッジが見える。
「慎重に行け。開けてから罠がありましたじゃ笑えんぜ」
「了解」
技術畑の工作班が前に出て、扉をくまなく検査した。だが異常はないようだ。普通に扉を開けると、ブリッジには何事もなく入ることが出来た。
 扉の中にあったのは、ごく普通のありふれた操艦システムと、核兵器のための大仰な火器官制システムだった。工作班は直ちに作業に入る。こうなってしまうと、作業班の護衛でしかない陽介達と有織傭兵隊の面々は仕事が無くなってしまう。陽介は静かに周囲を見渡した。

 その時、たしかにその声は聞こえた。
『………守護者よ………』
聞こえたのか、その場にいた全員がハッと顔を上げる。誰の声でもない。どこからか聞こえてくる低い響きのような声だった。
『………守護者よ………』
「まただ!」
陽介はその声に妙な胸騒ぎを覚えて周囲を伺った。いままで歩いてきた通路の方から聞こえる。
 有織一等陸佐の反応は早かった。
「お前ら! 潜水艦の中にまだ何かあるかも知れねぇ! 作業班を警護していろ! 俺は艦内を調査する! 2、3人付いてこい!」
すぐに傭兵隊の中から3人が有織一等陸佐の側に駆け寄った。
「俺も行きます!」
陽介も名乗りを上げる。その後ろに当然のように少女の姿が従った。
「私も行こう」
その後からハロルド博士も言う。
「よし、行くぜ」
有織一等陸佐はそれだけ言うと、今まで来た通路を戻っていく。陽介達がそれに従った。

 『………守護者よ………』
通路を戻りだして何度目になるか分からない。その声は再び同じ言葉を繰り返した。
「………守護者?」
陽介は胸の内にわき上がる胸騒ぎを消しきれずに呟いた。
『………守護者よ………』
声が再び告げる。陽介達は一つの扉の前で立ち止まった。
 たしかに声はこの扉の向こうから聞こえた。だが、彼らが扉の前に立つと声は唐突に途切れてしまう。
「入るか………」
有織一等陸佐は腰からガバメントを引き抜くと注意深く構えた。扉に手を掛ける。しかし鍵がかかっているのか、扉はびくともしない。
「呼びつけといて門前払いとはな」
有織一等陸佐は毒づいて扉を睨み付けた。

 その後ろで陽介も同様に扉を睨み付けている。だが、彼は有織一等陸佐とは確実に違う感覚でその扉を見つめていた。
───この扉は………入るべき人間を選んでいる………?
何の根拠もない思いつきだった。しかし陽介はそれが正解のような気がしていた。だとすれば、誰が招かれているのか。

 陽介は無意識に扉に手を伸ばした。
「おいっ!」
有織一等陸佐がそれを制止しようとしたとき、小さな金属音が響いた。
『………来たれ、守護者よ………』
そして声が告げる。全員の視線が陽介に向いた。
「陽介さんを………呼んでる………」
突然、陽介の背後に控えていたシェネラが呟いた。彼女の感覚が何かを感知したのかもしれなかった。もしかすると、陽介はシェネラよりも先に何者かの意志の流れを捕らえていたのか。
「俺を呼んでる………」
陽介が扉の前に立つと、扉は勝手に開いた。
「陽介さん!」「陽介!」「陽介君!」
それぞれの声を背に受けてしかし、陽介は小さく笑みを浮かべて振り返った。
「危なくなったら呼ぶよ」
陽介はそれだけ言うと部屋の中にゆっくりと入っていった。扉は、それ以上の来客を拒むかのように、開いたときと同様、唐突に閉まってしまった。

Scene-17. 1999年8月2日 月曜日 JST1553 平塚市

 もう何度目になるか分からない触手とαブラストの猛襲がスイシーゼを襲った。スイシーゼはやはり何とか避けきりながら果敢にαブラストを《悪魔》に向けて打ち込むが、集中力の足らないαブラストでは《悪魔》に対して決定打にはならなかった。
───どうして? もう限界が来てもおかしくないはずなのに………?
スイシーゼは確実に増してくる焦燥とも戦いながら、《悪魔》を睨み付けた。《悪魔》は成す統べのないスイシーゼをあざ笑うかのように触手を伸ばす。
 スイシーゼは上空高く飛び上がるが、《悪魔》の触手は際限なく延びてスイシーゼを追い回した。そして時には無数の触手の先端が別々にαブラストを撃つ。そうなるとスイシーゼに逃げ場はなかった。四方八方から襲いかかるαブラストを自分を守るためだけに展開したαフィールドでしのぐ。
 だがその直後には触手自体がスイシーゼの体を直接殴り飛ばした。スイシーゼは空中で体勢を立て直すと再び周囲の触手を薙払った。突然《悪魔》の攻撃がやんだ。《悪魔》はその場に動かないまま唸り声を上げる。だがα波の限界が来ているわけではないことはすぐに知れた。《悪魔》は今もなお強力なαフィールドに包まれている。
 一際大きい咆哮が響いた。その瞬間、《悪魔》の腹部から今までとは比較にならないほど多くの触手が飛び出した。触手は地面を這うように《悪魔》を中心に展開していく。殆ど地面のアスファルトは見えなかった。至る所を不気味な触手が蠢き、文字通り足の踏み場もない。そして触手の勢いは全く衰えることなく半径数百メートルの範囲に広がっていった。
 広大な範囲に広がった触手が一斉に天に伸びた。《悪魔》の背を簡単に越え、スイシーゼの滞空する高さをも越えて延びると一気にスイシーゼに襲いかかった。
「このおぉ!!」
スイシーゼは全力でαフィールドを展開する。触手はそれ自体がαフィールドを身にまとってスイシーゼのαフィールドに一斉に激突した。
「うわあああぁぁぁ!?」
αフィールドが悲鳴を上げるのが分かる。全方位から一精に襲いかかった《悪魔》のプレッシャーがスイシーゼを押しつぶそうとしていた。

Scene-18. 1999年8月2日 月曜日 JST1555 国立重科学研究所・本部棟司令室

 突然、モニターの中からスイシーゼの存在を示す光点が消えた。大場博士が身を乗り出し、神崎局長が目を見開く。
「α波戦闘装甲の反応が消失しました!!」
オペレーターの悲痛な叫びが司令室を響かせる。
「状況をよく確認しろ!! こちらで捕捉できないだけではないのか!?」
初めて神崎局長は叫んだ。彼が叫んだことが緊迫した事態を物語る。
「分かりません! 《悪魔》のα波反応が爆発的に大きくなった直後にα波戦闘装甲の反応が消えています!!」
「大場博士!!」
幕僚達が大場博士に視線を向けた。だが大場博士には答えることは出来なかった。
 《悪魔》のαフィールドの効果範囲内にスイシーゼが捕らえられたとすればたしかにα波戦闘装甲の反応は消える。だが無論、スイシーゼが何らかの攻撃で意識不明、もしくは死に至った場合も反応は消失するのだ。
 この情報だけでは判断は出来なかった。ただ救いなのは、《悪魔》のα波反応が跳ね上がったまま、おそらくは攻撃を続けているままなのだと言うこと。すなわちそれは《悪魔》の敵であるスイシーゼが生きていると言うことに他ならなかった。

Scene-19. 1999年8月2日 月曜日 JST1556 横須賀基地・潜水艦内

 一人室内へ進んだ陽介は薄暗い部屋の中央に立っていた。周囲はモニター画面に囲まれているのがうっすらと見える。静かに周囲を警戒する。人やバイオニックウェポンの気配はしない。
 数瞬がすぎた。
 そして突然に異変は起きた。周囲のモニターが突然意味のない光を発し始めたのだ。余りの眩しさに陽介は目を細める。白、赤、青、あらゆる色が画面から光としてあふれ出す。
『………待っていた………』
突然響いた声は、静かな男の声だった。陽介は一瞬背筋を凍らせつつ、静かに答えた。
「………俺を、呼んだのか………?」
『そうだ、“天使の守護者”よ』
「あんたは、一体誰だ?」
淡々と答えた声に向かって、陽介は毅然と言い放った。声は数瞬沈黙して、そして静かに言い放った。
『私はクラントン、Project Alternative IIIを統べる者だ』
「なに!?」
陽介は驚愕を禁じ得なかった。人類全ての宿敵であるNOAHの頂点に君臨する男がなぜ?
「どうして?」
『君と話がしてみたかったのだよ、ヨウスケ・エリオカ』
「俺と?」
『そう、君と………ね』
クラントンの声はそこで含み笑いをするかのように震えた。
『君は204と出会い、今日まで戦ってきた。君の真意を聞きたいのだ』
だが、陽介はその言葉には反応せずに叫んだ。
「シーゼ………! そうだ! 教えてくれ!! お前たちは何のためにバイオニックチャイルドを生み出したんだ!? バイオニックウェポンの為だけなのか!?」
陽介は息を切らせるほどの大声で叫ぶ。一番知りたかったこと、Project Alternative III文書にも記されていない、彼にとって最大の謎。
 だが………
『私の質問に答えたまえ………。君の質問は最後だ』
クラントンの声は冷ややかだった。陽介は息をのんで口をつぐんだ。
『答えろ少年。君は今まで何のために戦ってきた………』
「たった一週間だった………」
クラントンの問いに、陽介は小さく呟いた。興味を持ったか、クラントンは静かに陽介の言葉を待っているようだった。
「あの夜………箱根の山であいつと出会った………。あいつには何もなかった………」

 陽介は目を閉じて、その時のことを思い出す。突然バイクの前に飛び出したスイシーゼ。自動販売機で買った安物のチーズバーガーを美味しいと言って食べたスイシーゼ。最後の一口を喉に詰まらせてオレンジジュースで流し込んだスイシーゼ。そして………初めて笑顔を見せたスイシーゼ。

 「あいつには名前さえなかった。ただ“スイシーゼ”っていう言葉だけ覚えていた。だから俺は“シーゼ”と呼ぶことにした………」
便宜上とはいえ名前をもらった少女の笑顔は今でも鮮明に思い出せる。
「警察と病院が駄目って言うから、アパートにつれていって………。それで思い知った。本当にあいつには何もなかった。体と不釣り合いなほどに常識知らずで、甘えん坊で………だけど………」
陽介は不意に天井を見上げて目を閉じた。目頭が熱くなっている。いつの間にか泣いていたらしい。
「だけど………そんなあいつを大切に思うまでに、時間はかからなかった………」
涙が頬をぬらした。
「朝起きるとあいつがいた………。キャロットジュースをいつも放さないで、いつも笑って………甘えて………大学に行くのも一苦労だったっけ………」
連れていけない講義があるのが最大の懸念事だった。講義が終わって時差昼食を取ると、どんな物でも満面の笑顔を浮かべて頬張った。心地のいい芝生の上ではすぐに寝てしまう、そんなときに枕にするのは決まって陽介の伸ばした太股だった。
「それが普通になりかけてた。あいつがいるのが、普通になった………。あいつが側にいるのが幸せだと、そう感じるようになった………。それなのに………」

 そこまで言って陽介は、目の前にクラントンがいるかのようにモニターを睨み付けた。
「それなのにお前たちは! 俺のそんな幸せを踏みにじった!!」
『それが答えか』
陽介の叫びに、クラントンは静かに言った。陽介は静かに頷く。
「俺は、取り戻したいだけなんだ………。シーゼが、今はシェネラも………あいつらが何の不安もなく笑っていられる時間を………そんな二人を見ていられる俺の時間を取り戻したいだけなんだ!!」
力強く、陽介は叫ぶ。声は静かに聞いているだけだったが。

 数瞬の沈黙が流れた。陽介はその沈黙の中でモニターを睨み付けたまま言う。
「あんたの質問には答えた。俺の質問に答えろ」
『よかろう』
クラントンは、間髪入れずに答えた。
 陽介の背筋が冷たくなる。期待感と不安感が入り交じっていた。スピーカーの向こうでクラントンは小さく深呼吸したようだった。息づかいの間があく。そして語りだした。
『Project Alternative IIIには、真の目的がある』
「真の目的?」
『そうだ』
クラントンは小さく間を空けて続けた。
『Project Alternative IIIの中でも私を頂点とした一部の者のみが関わるトップシークレット、それはProject Edenと呼ばれている』
淡々と続けるクラントンの言葉を、陽介は静かに聞いている。
『進化論的枠組みを越えた環境適合計画、Project Edenは自然進化の無目的性に左右されない新たなる種、人類の手によって“神”を作り出す計画だ』
その言葉に、陽介は目を見開いていた。

Scene-20. 1999年8月2日 月曜日 JST1605 平塚市

 スイシーゼのαフィールドに《悪魔》の攻撃が加えられてから既に10分が経過していた。その間、《悪魔》の攻撃は休むことなくスイシーゼのαフィールドに加わっている。
 次第にスイシーゼの限界も近付きつつあった。活動限界にはほど遠い、と言うか活動限界そのものはスイシーゼとシェネラにはない。しかしαフィールドの連続使用による精神的な疲労はどうしても避けられない。時折αフィールドが消えかかるまでにスイシーゼは疲労していたのだ。
 《悪魔》は疲れを知らないようにαブラストの一斉射撃を止めることはなかった。周囲を結界のように包んだ触手はスイシーゼの逃げ場を無くすのに効果を発揮し、スイシーゼはαブラストの集中攻撃を受けたまま釘付けになっていた。
 次第に息が荒くなっていく。意識をつなぎ止めるのにも苦労していた。
───もう………だめ………!!
その瞬間、一瞬だけ意識が途切れた。だがそれで十分だった。一瞬でも途切れた意識はαフィールドを霧散させる。
 殺されると思った。もう二度と陽介には会えない。だがいつまでたってもαブラストの洗礼は来なかった。
「きゃうっ!?」
思わず悲鳴を上げる。突然手足の自由が奪われた。無数の触手がスイシーゼの手足を絡め取る。
 《悪魔》が咆哮した。その瞬間にスイシーゼの体がビクンと跳ねた。触手を通じて体に直接αブラストが流し込まれたのである。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
スイシーゼは悲鳴を上げて触手から逃れようと体を動かした。しかし触手は恐ろしい力でスイシーゼの体を掴み、放そうとはしなかった。《悪魔》はもがき苦しむスイシーゼの様を歓喜に打ち震えながら見つめる。
───楽には殺さんぞ204………! 貴様も私の血肉となれぇ!!
再びスイシーゼの脳裏に《悪魔》の意識が流れ込んでくる。その憎悪に満ちた意識は確かにあの男の物だった。
 ベネウィッツ大佐。かつてクラントンの指揮下でスイシーゼ達を追っていた将校である。《悪魔》はベネウィッツを母胎に生まれたのだ。スイシーゼは為す術のないまま、襲い来る激痛にもがくことしかできなかった。

Scene-21. 1999年8月2日 月曜日 JST1606 横須賀基地・潜水艦内

 「“神”を作るだって!?」
陽介は余りにも突拍子もないクラントンの言葉に耳を疑って叫んだ。だがクラントンは落ち着いた声音でただ一言返してきた。
『その通りだ。もっとも、君の想像している“神”と我々の目指す“神”は別物だとは思うがね』
「あんた達の“神”?」
『言ったはずだ。“自然進化の無目的性に左右されない新たなる種”、それこそが我々の目指す“神”だ』
陽介は完全に理解不能のようで、沈黙していた。
『説明してやろう。“神”になるためには3つの条件が必要だ。第一条件、すなわち原罪の克服、生きるために別の動物を殺める必要のないこと』
「食べなくても生きていける?」
何気ない陽介の言葉に、クラントンは満足そうに答えた。
『その通り。そして第二条件、あらゆる外的条件から切り離され不老不死であること。しかし第一と第二の条件を満たしたのみの種は遅かれ早かれ環境にとって悪影響を及ぼす………増える一方で減ることがないからだ』
そこでクラントンはしばらく沈黙した。陽介は静かに第三の条件が告げられるのを待っている。
『そして第三条件………生殖機能の放棄。これで“神”は完成する』
「それとシーゼ達がどう関係する!?」
『分からないか? 聡明な君にしては珍しい』
クラントンはさも面白そうに笑うと続けた。
『バイオニックチャイルドのα波能力は“宇宙法則(System YGGDRASIL)”を遵守した手続きで発動する自然現象。これは《永久機関》の元になる』
「システム・ユグドラシル………」
その言葉に、陽介は背中に背負ったα波リアクターに視線を飛ばした。これを製作したハロルド博士は、装着者のα波が途切れない限りエネルギーを発生し続けると言っていた。
『そしてαフィールド、正確にはアブソリュートαフィールドはニュートリノ、重力波を含むあらゆる自然環境から身を守る壁となる』
陽介は呆然としてクラントンの言葉を聞いていた。G(ゲー)型調整因子は精神安定化を図るのがそもそもの目的、α波特殊能力は副産物であったと聞いている。しかし実際にはNOAHによって仕組まれたことなのか。滝川博士も大場博士も、知らずに“神”を作る研究をさせられていたのか。
『現在のバイオニックチャイルドで既に半分の条件は満たしている。後はある程度の成長後の老化現象を操作し、生殖機能を放棄すれば“神”は完成する。無論、老化の仕組みも既に我々は解明しているからな。“神”の完成は目前に迫っているのだ』
「じゃあシーゼ達は………!」
陽介は呆然としながら、しかし内からわき上がってくる歓喜にも似た感情を押し殺せずにいた。スイシーゼ達バイオニックチャイルドの存在意義は、バイオニックウェポンと言う兵器を作り出すための基礎研究ではなかった。
『バイオニックチャイルドの中でも完成体と言えるBC-H2系列第3個体と第4個体は“神”のプロトタイプ………。我々は“天使”と呼んでいる』
「“天使”………!!」
その瞬間、α波戦闘装甲の推進システム、エンジェルウイングを展開したスイシーゼの姿が脳裏に浮かんだ。“天使”と呼ぶに相応しい、純粋なる少女達。
『“神”はいずれ人類を導く存在となる。“天使”達は“神”の現出のための希望なのだ』
クラントンは力強く言い切った。

 陽介は静かに心を落ち着かせる。スイシーゼ達の疑問と疑念、不安が全て氷塊するのが分かった。しかし、まだ氷解していない疑問はある。
「シーゼ達のことは、分かった。後、これだけは答えろ。なぜ今武力蜂起する必要があった? この戦いは一体何のためにやってるんだ!?」
『知りたいか?』
クラントンの口調が変わっていた。今までの静かな句調とはうって変わった、冷徹な句調、独裁者の口調だった。
 陽介は一瞬気圧されたが、すぐに小さく頷いた。その様が見えているのだろうか、クラントンは一呼吸おいて答えた。
『“最後の神判”の後の“至福千年の時代”を迎える為の大掃除だ』
「なに………!?」
『“最後の神判(M-Impact)”は“宇宙法則(System YGGDRASIL)”にそって人類を断罪するために起こる回避不能の予定未来………。その後に訪れる“至福千年の時代”に生き残った人類を導くために我々は“神”を作りだし、そして無用な人類を切り捨てる』
「待て!! 誰が無用と決めるんだ!? 人類を無用と誰が決める!?」
スピーカーの向こうで、クラントンが鼻で笑うのが聞こえた。陽介の脳裏に確かな怒りがわき上がる。
『“神”を越える者、創造主。………私だ』
「ふざけるな!!」
陽介は思わず全く制御せずにαブラストを放っていた。無意味に光を放つ周囲のモニターが一斉に砕け散る。
『残念だ少年。君ならば我々の側に招き入れることもできたと言うのにな』
クラントンは心底残念だという句調で言う。だが陽介は言い放った。
「こっちから願い下げだ!! 勝手に火星でも何処へでも行ってろ!!」

 あまりの怒りにα波が暴走を始めていた。部屋の中に破壊の衝動が具現化したようなαブラストの渦が巻き起こる。異変に気付いたのはシェネラだった。
「陽介さん!!」
扉をαブラストで切り裂き、αフィールドを張って破壊の衝動の渦の中に飛び込む。陽介は渦の中心で叫んでいた。
「ふざけんじゃねぇ!! たった一人の思い上がりのせいで俺は!! 俺達は!!」
「陽介さん! 落ち着いて!!」
シェネラは必死に陽介の体を抱きしめた。かつてダルシィでスイシーゼが暴走した時にそうしたように、相手のα波の波動に位相を反転させた波動を干渉させて中和する。α波インターラプト効果と呼ばれる現象である。
 シェネラの腕の中で陽介の破壊衝動は徐々に力を無くしていた。衝動の嵐が収まった後には、気絶した陽介と、陽介を抱きしめるシェネラの姿があった。シェネラは閉じた瞳から一粒の涙を流していた。

Scene-22. 1999年8月2日 月曜日 JST1612 平塚市

 「あう………うあ………あっ!! ああ………!」
スイシーゼのか細い悲鳴が響いた。既に意識をつなぎ止めることも難しくなってきている。あまりにも掻き乱された集中力はα波制御能力にも支障を来し、今のスイシーゼは抵抗できない少女と同じだった。
 《悪魔》、ベネウィッツはその様に感極まって咆哮を上げた。もとより嗜虐心の強い男である。自分の手の中───と言っていいのかは謎だが───でもがき苦しむ少女の姿に興奮した。
 そして高じた嗜虐心は往々にして性的な虐待への欲望へと変化する。《悪魔》には生殖機能などは無い。だが《悪魔》にもそれに通じる物はあった。
 同化である。
 《悪魔》は触手の生えている腹部の装甲並の皮膚を開いた。皮膚の内側の組織には何かの生物らしき物が蠢いている。スイシーゼの体が触手によって腹部に引き寄せられる。腹部から新たに飛び出した粘液を滴らせた触手がスイシーゼの体に巻き付いた。

 その瞬間、スイシーゼは見た。《悪魔》の再現の無い力の正体を。

 腹部には生きたままの人間が何十人も捕らわれていたのである。蠢いている生物らしき物は、《悪魔》の製作過程で取り込まれた米軍人であり、戦闘によって倒された自衛隊員であり、逃げ遅れた一般人であった。彼らは生きたまま《悪魔》の体の一部となり、強力なα波の動力源とされていたのだ。

 スイシーゼは体を走る痛みを完全に忘れてその様に視線を奪われていた。《悪魔》に取り込まれたまま苦悶の表情を浮かべる数十もの顔。

 「いやああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
絶叫。その瞬間、スイシーゼの意識は弾けていた。

 スイシーゼの体から青白い光が四方にほとばしった。光はスイシーゼの体の自由を奪っていた触手を恐ろしい勢いで断ち切る。広く展開された触手の壁が一斉に燃え上がった。
 《悪魔》は腹部の皮膚を閉じると“恐れおののいて”後ずさった。
 触手の呪縛から解き放たれたスイシーゼはエンジェルウイングを大きく展開する。展開された翼が大きく光を吐き出し、文字通りの天使の翼のようにきらめいた。

Scene-23. 1999年8月2日 月曜日 JST1613 横須賀基地

 その波動はたしかにシェネラに伝わっていた。
「スイシーゼ!?」
突然叫んだシェネラにハロルド博士が怪訝な表情を向ける。
「どうした!?」
「スイシーゼが! スイシーゼが泣いてる!」
シェネラは波動の伝わってくる西の空を見上げた。西の空に太陽の物とは違う青白い輝きが立ち上っていた。

Scene-24. 1999年8月2日 月曜日 JST1613 国立重科学研究所・本部棟司令室

 モニターに映されている地図、平塚の地点に突然多くの情報が表示された。同時にスイシーゼを表す光点が光る。オペレーターが勢いよく振り返った。
「大場博士!! 204の反応が異常です!! 受動的な観測は出来るのですが能動観測だと反応しません!!」
「暴走だ!!」
大場博士は作戦卓を叩いて叫んだ。暴走時に発生する完全に展開されたアブソリュートαフィールドはあらゆる能動的観測を不可能にする。時には可視領域の光さえ飲み込む。
「スイシーゼはどうなる?」
神崎局長の言葉に大場博士は震える拳を作戦卓に押しつけたまま言った。
「かつて二度の暴走はそれぞれ制止する力を持った者が近くにいましたが、今回は違う! スイシーゼの精神を暴走に追い込んだ要因が完全に排除されるまで暴走が止まることはありません!!」
大場博士は叫んでモニターを睨み付けた。

Scene-25. 1999年8月2日 月曜日 JST1613 平塚市

 スイシーゼの中心に青白い光芒が上下左右に延びた。まるで巨大な光の十字架の中心にスイシーゼがいるかのように。

 かろうじて助かっていた毛利一等陸佐は呆然とその様を見つめて呟く。
「………天使だ………天使が《悪魔》と戦ってやがる………」

 《悪魔》は全力でαブラストを放った。山をも砕かんばかりの強力すぎるαブラスト。しかしαブラストはスイシーゼの目前でただの風に姿を変えていた。アブソリュートαフィールドがハロルド博士の言う“エネルギー的な次元の高い空間”へとαブラストのエネルギーを消し去ってしまったのである。

 《悪魔》、ベネウィッツは明確な恐怖を感じた。それは罪人が神の光に当てられたときの、どうしようもない恐怖に似ていた。

 スイシーゼを中心に空間が歪んだ。可視領域の光が歪められ、スイシーゼの姿が湾曲して見えなくなる。
「わあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
絶叫が響いた。その絶叫と共にスイシーゼから光が放たれる。

 青白く透明な光は《悪魔》の体を包み込んだ。《悪魔》のαフィールドにいいわけ程度の抵抗も許さず、光は《悪魔》の体を塵に変えていく。
「がぁああああああぁぁあああぁぁああああぁぁああああああぁぁ………」
《悪魔》の体が断末魔の叫びと共に崩れ去っていく。生きたまま《悪魔》に取り込まれた人々の姿も、光の中に消えていく。

 そして巨大な火柱が上がった。火柱の中で《悪魔》は完全に構成分子へと帰っていく。大爆発。《悪魔》の立っていた場所を中心に起きた大爆発は平塚市の一角を完全に焼き払い、巨大なクレーターとしてしまった。

 後に残されたのは、呆然と立ちつくすように鎮座する毛利一等陸佐の陸戦隊と、暴走から復帰して放心状態のまま宙を漂うスイシーゼの姿だけだった。

Scene-26. 1999年8月2日 月曜日 JST1625 横須賀基地

 横須賀基地では、任務を完了した工作班の報告を受けて有織一等陸佐が本部棟司令室へ事態を伝えているところだった。
「こちら有織傭兵隊、司令室応答してくれ」
『こちら司令室、どうぞ』
常に通信機にかじりついているオペレーターの聞き慣れた声が響いた。
「任務を完了した。横須賀基地の核弾頭は1631時に全弾発射される。着弾予定は1716時。アメリカ本土の核ミサイル基地の発射状況はそちらで確認しているとおりだ。変更はない」
『了解、確認した』
通信機の向こうでオペレーターが神崎局長に報告しているのが聞こえた。その背後で別の通信呼び出し音が鳴っているのが聞こえた。もっとも何を言っているのか分からないが。
だが、突然のオペレーターの絶叫にも似た声が響いた。
『本当に予定着弾時刻は1716時なのか!?』
「そうだ!」
有織一等陸佐は面倒くさそうに答える。だが、通信機の向こうで司令室は大騒ぎになっているようだった。司令室の喧噪がそのまま伝わってくる。
「おい、どうした!?」
さすがに不安になったか、有織一等陸佐はマイクに向かって叫んだ。
『有織一等陸佐、任務ご苦労だった』
通信機の向こうに出たのは神崎重蔵局長本人だった。有織一等陸佐は思わず背筋を伸ばす。
『だが悪い知らせだ。今さっきNOAHのクラントンを名乗る男から通信が入った。日本時間1712時、ただ一発だけ大陸間弾道ミサイルが発射される。標的は、東京だ』
「何だとぉ!?」
有織一等陸佐は思わず叫んでいた。有織傭兵隊の兵士達も工作班も、ハロルド博士とシェネラも通信機の向こうの神崎局長の言葉に愕然とする。
「何か手はないんですか!?」
有織一等陸佐は通信機にくってかかる。だが神崎局長の返答は数瞬遅れて絶望的な声音を返した。
『君も知っての通りだ。自衛隊には発射された後のICBMを止める手段はない』
「俺らのしたことは無駄だってのかよっ!?」
有織一等陸佐は思い切り地面を踏みつけた。兵士達も苦渋に満ちた表情をしている。
 だが、その中にあってハロルド博士だけは何かを思案している様だった。
『君達は途中でスイシーゼを回収し、直ちに本部へ帰投してくれ。放射能汚染の規模が分からないが後のことを考えねばならん』
神崎局長の悲痛な声が響く。だがそれに答えたのはハロルド博士だった。
「神崎局長、そこに大場博士はいますか?」
『いるぞ。大場博士、横須賀のハロルド博士からだ』
数瞬して通信機の向こうに大場博士が出た。
『どうしたハロルド博士?』
「大場博士、直ちに新科研のメンバーを召集して下さい」
『何か策があるのか?』
おそらくは通信機の向こうで怪訝な表情をしているであろう大場博士の声が返ってくる。
 ハロルド博士は真剣な面もちで続けた。
「α波キャノンを使い、降下軌道に入ったICBMを狙撃する、αブラストの到達時間と精度なら可能なはずです」
『分かった』
大場博士はいとも簡単に納得すると、神崎局長に何かを言っているのか、通信機の向こうで何かを話していた。が、ややあって再び通信機に戻る。
『ハロルド博士達もすぐに帰投してくれ。最大限の用意はして置くが指揮は直接君が執った方がよかろう』
「はい」
ハロルド博士は通信機を開いたまま背後の有織一等陸佐に言った。
「有織一等陸佐、すぐに本部へ帰投したいがどのくらいに出発できる?」
「回収部隊を呼び寄せて着陸、搭乗、離陸。攻撃の心配はないから低高度で高速機を使うとして1700から1715時って処だな」
「よし。すぐにやってくれ」
ハロルド博士は間髪入れずに答える。有織一等陸佐は凄絶なほどの笑みを浮かべて言った。
「今度は学者さんが俺達の命運を握ってるってわけだ。命運を握る奴らの水先案内が出来るとは、この俺も人生最大の見せ場だぜ」
有織一等陸佐は豪快に言うと、ハロルド博士の手から通信機を引ったくるようにして取り上げると自分で周波数を併せた。数瞬のノイズの後に相手との通信回線がつながる。
「機長、聞こえるか! 有織だ!」
『おう、お前か? どうした?』
どうやら出撃したときの輸送機の機長らしい。
「超特急で輸送機の出前を頼むぜ。遅くても1715時にはここを出たい」
『バド2ダースで手を打とう』
通信機の向こうから豪快な声が響いた。だが有織一等陸佐はそれよりもさらに豪快な声で叫んだ。
「馬鹿野郎! 1グロスぐれぇ胃袋に流し込んでやるぜ!!」
『任せろ!』
その言葉を最後に通信は切られた。有織一等陸佐は再び笑みを浮かべるとハロルド博士に向かって親指を立てて見せた。ハロルド博士も同じようにサインを出した。

Scene-27. 1999年8月2日 月曜日 JST1631 横須賀基地

 停泊している潜水艦から数発のICBMが放たれた。北アメリカ大陸の核ミサイル基地、そしてダルシィ基地を目指しての大陸間飛行に飛び立った。

Scene-28. 1999年8月2日 月曜日 JST1708 横須賀基地

 予定より大幅に速い速度で到着した輸送機は横須賀基地から傭兵隊とハロルド博士達を乗せて飛び立った。平塚のスイシーゼは別働隊が回収に向かって、おそらくは傭兵隊よりも早くバイオニックウェポン対策局に到着するだろう。

Scene-29. 1999年8月2日 月曜日 JST1730 小田原市上空

 輸送機は最大速度でバイオニックウェポン対策局を目指していた。
 その輸送機の中でハロルド博士は絶えずバイオニックウェポン対策局にいる下条と連絡を取り合っていた。本部の第六世代が計算した軌道に向けてα波キャノンを配置、電源システムの設定や調整など、やらなければならない仕事は山ほどある。

 輸送機の中、陽介は未だに目を覚まさないままでいた。シェネラはその陽介の側にずっと寄り添い続けている。

 核弾頭の東京着弾の予定時刻は1757時。そして“最後の神判(M-Impact)”まで残り30分。人類滅亡まで、あと30分しかない。