墜落日記 - 2008年1月3日の墜落
最近の画集とかに思うこと、再利用性の欠如
最近、コミケなんかで販売されている有名作家の本や、書店で販売されている画集なんかに食指が動かなくなってきた。
いや、別に自分のオタク分が減少してきているわけではないと思う。
好きな作家の絵は好きだし、エロ可愛い女の子の絵に目がないのは相変わらずだ(爆)
でも、どうも食指が動かない………これは何故か?
まるで UNIX 信者のセリフのようだが、紙に出力してしまった物は再利用性が無くなってしまうからだと思う。
本、紙の媒体で手に取ることが重要だと考えている人からすれば真っ向からの反対意見となるが、そもそも最近の作家は CG で描いている人が本当に多い。
CG だからこそ出来る色彩を武器にしている人も多い。
で、CG で描いている以上は画面で見るのが最も精度のいい鑑賞方法であり、紙に出力されてしまっては色が飛んでしまっているわけである。
つまり紙媒体が主だった時代とは、本当に美しく見る手段は変わってしまっているのだ。
さらに、紙媒体にしてしまうと CG の最大の利点が損なわれてしまう。
再利用性である。
要は、簡単に壁紙にできない。
一回パラッと鑑賞してしまったら、原則として閉じて本棚なので、それっきりなのである。
イメージスキャナでスキャニングしたって、良いスキャナであればあるほど印刷の網点が出てしまうし、そもそも紙からスキャニングした時点で色が変わっている―――どんなにキャリブレーションを合わせても、だ。
つまり劣化コピーでしか再利用できない。
紙媒体にする必然性がドコにもないのである。
この劣化コピーでしか再利用できないという部分は、デジタルデータが簡単にコピーできてしまうという問題と商品という問題の二律背反的な要素からすれば、提供者側にとっては有利に働くだろう。
紙媒体の方がプレミア感が出て好ましいと感じている消費者もいるかもしれない。
だが、自分からすれば巨大なお世話なのである。
劣化コピーでしか再利用が出来ないシロモノに高い金は払えないのである。
最近の作家は、CG で描いているのに敢えて紙媒体にする。
コミケなんかで販売されている画集なんて、自分的には馬鹿じゃないか? とすら思う。
自分の作品を一番美しく鑑賞することが出来る環境をわざわざ捨てて、劣化コピーで販売しているのである。
これを馬鹿と言わずして何という?
また書店で一版流通に乗る画集も、CG が主の作家ならデジタルデータを何故付けない?
なんで劣化コピーを消費者に提供する?
まれに CD-ROM でデジタルデータを添付している例もあるが、今度はJPEG で収録していたり、解像度が低かったりと、馬鹿じゃないか? とすら思う状況が多すぎる。
そんなシロモノに高い金は払えないのである。
というわけで、最近、コミケなんかで販売されている有名作家の本や、書店で販売されている画集なんかに食指が動かなくなってきた。
この思いを抱いているのは自分だけではないと思うが、CG で描いている作家には是非とも御一考をお願いしたい。
- 追伸
- 書き下ろしでテレホンカードほど馬鹿な物はない(爆)
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