墜落日記 - 2009年3月20日の墜落
Internet Explorer 8.0 が出ても糞面倒な状況は少しも改善せず
Microsoft の Internet Explorer 8.0 正式版がダウンロード公開された。
IE 8.0 検証用の仮想マシンに導入してちょこちょことテストをしてみたが、下逸とはとても信じられない程にブラウザとしては充分まともに仕上がっている。
コンシューマの IE ユーザなら素直に乗り換えても良いだろう。
しかし、ビジネス分野ではコレでまた検証しなければならないバージョンがひとつ増えたに過ぎないことに絶望感。
Windows XP と同様に Internet Explorer 6.0 の時代が長すぎて、実はまだまだ淘汰されていない。
IE 6.0 のリリースは 2001 年 9 月だが、IE 7.0 のリリースは 2006 年 10 月、自動更新で配布されるようになったのが 2008 年 2 月である。
少なくともバージョンアップに 5 年間はかかった計算で、この間に IE 6.0 による環境は広く深く浸透してしまった。
ビジネスアプリケーションを考えるとコレが絶望的な期間の長さである。
IE 6.0 が浸透していた期間が長すぎた上に IE 6.0 にはへんなバグが数多く放置されていたため、悪い意味で技術的な蓄積がなされてしまっている。
そして、一般的にシステムの寿命は 5 年程度と言われるが、2006 年カットオーバのシステムが IE 6.0 前提であったとすれば(そして改修がされないとすれば)これは少なくとも 2011 年までは利用される。
その間、そのシステムのポリシーは IE 6.0 前提を脱さないから、IE 6.0 前提で駆使された悪い意味で技術的な蓄積は 2011 年まで引きずられてしまうのである。
これが Microsoft がいくら頑張って IE 7.0 や IE 8.0 で汚名を返上しようとしても、しぶとく汚名が生き続ける要因のひとつである。
しかも正しく歪んだ資本主義の権化である強欲なウォール街の金融ヤクザ共が引き起こした世界的な経済危機で、世界のシステム更新は何年も遅れるだろう。
実にタイミングが悪い。
そうすると、通常まともに多くのユーザをサポートしようとする開発者は IE 6.0 以降は必須として動作検証を行うだろう。
即ち、IE 6.0、IE 7.0、IE 8.0 の 3 つのバージョンである。
しかも Microsoft が IE 6.0 の支配的立場にあぐらを掻いていた間に Firefox や Safari などの標準準拠度の高いブラウザが登場し、無視できなくなってきた。
更に Google の阿呆が Chrome でちょっかいかけてきて面倒な状況を引き起こしている。
結局、開発者は都合 6 種類のブラウザでの動作検証を強いられるわけである。
これは Netscape Navigator / Communicator と Internet Explorer を両立していた当時とさして変わらない手間である。
ま、利用者をある程度コントロールできるのであれば Safari と Chrome 辺りは無視するかもしれないけどね。
既に Opera はガン無視だし。
順当に考えれば、IE 6.0 と Firefox の双方で同時並行して開発と検証を行うのが第一段階だろうか?
IE 6.0 と Firefox の挙動は恐ろしく違うので、ある程度開発が進んでしまってからどちらかで動作確認を行おうなどと考えると手痛いしっぺ返しを喰らうことがある。
特に Firefox で作ってから IE 6.0 で検証すると絶望感が味わえるから、この 2 つは最初から同時並行して開発と検証を行う必要があるのだ。
しかし Firefox で動作する物は割と IE 7.0 や IE 8.0 でも動く。
なので第二段階として IE 7.0 と IE 8.0 での動作検証を行う。
これが開発と動作検証の現在もっとも妥当な手順ではないだろうか?
どちらにせよ面倒な話しである。
とにかく、IE 7.0 が出ようが IE 8.0 が出ようが IE 6.0 でばらまかれた環境汚染は簡単には払拭できないのが純然たる事実である。
流石にいい加減そろそろ勘弁して欲しいものである………
そう言えば、大量の公的資金の投入を受けている AIG で高額報酬が支払われていた事件が最近大騒ぎのようだが。
要はこの米国式の報酬の在り方が今日の金融危機を引き起こした直接のトリガなのである。
自分達が役員をしている間になんとしても収益を上げて大量の報酬と退職金を巻き上げて後は知らないよと立ち去っていく、言うなればハイエナ優遇の報奨制度だ。
だから自分達が在籍している間の短期的な儲けを狙うことだけを目的に、たとえ刹那的で崩壊すると分かっている手段でも躊躇わず使う。
そこには本来銀行や会社が持つべき公共に益する社会性などは微塵も存在し得ない。
米国系の企業や財団が突然福祉事業に手を出したら疑ってかかるべきだ。
きっと彼らは発芽しない実を付けるように品種改良した種を売って歩くような姑息極まりない手段をとってくる筈だ。
これが米国式資本主義の正しい姿だ。
オバマが大統領になろうが変わることのない、正しく歪んだ資本主義だ。
いい加減に世界は目をさまさなければならない時期に来ている。
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