墜落日記 - 2009年8月31日の墜落
プログラマ 35 歳定年説とはなにか?
唐突だが、プログラマ 35 歳定年説というのを聞いたことがあるだろうか?
IT 業界でプログラマをやっている人なら耳にしたことがあるかもしれない。
別に学説ではないし、確固たる根拠を与える数字が出ているわけでもない、いわゆる都市伝説に近いような噂である。
実は本日、自分はとうとう 35 歳、四捨五入すると 40 歳になる年齢に達してしまったので、ちょっと考えてみようと思うわけである。
さて、しかし。
どうもこのプログラマ 35 歳定年説、実は様々な要因があって一概に言えないような気がしている。
というのも、個人的問題から、組織的問題、IT 業界の業界構造に至るまで、その要因は様々であるような気がするのだ。
取り敢えず、プログラマ 35 歳定年説を思い起こさせるケースを思い付く限り挙げてみよう。
- 体力的に追いつかなくなるケース
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切ないが、プログラマというのは時として激務である。
深夜残業当たり前の修羅場プロジェクトなんかざらにある。
そうなると、当然必要なのは体力なのだが、激務の中にあるプログラマは体力的には疲れていなくても精神的に高揚し続けていて睡眠が取れなくなってしまい結果的に体力が限界に達してしまったり、そもそも若い時の体力が衰えてしまったりして、結構続かなくなってしまう。
そうなるとプログラマとしてバリバリやるのも厳しくなって、泣く泣く管理職へ鞍替えするか、IT 業界から去っていったりする。
IT ドカタとか揶揄されるプログラマの地位の低さにまいってしまうケースとも言える。
- 最新技術への情熱が薄れるケース
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プログラマの戦う世界は日進月歩で、最新技術と称される物が日々登場する。
ま~基本的には所詮ノイマン型コンピュータの使い方でしかないので基礎を熟知しているプログラマからすれば方言や手法の違いに過ぎなかったり、昔の技術の焼き直しに過ぎなかったりするが、それでも色々と新しい単語が出てきて追いつくのに必死にならざるを得ない。
しかしある時、使い慣れた技術に固執して新しい技術に対応しようとしない自分に気付くかもしれないし、かつては週に何十時間も新技術の習得に費やしていた余暇を今月は数時間もとっていなかったりするかもしれない。
最初のウチは新しい技術を習得することに情熱を感じていても、仕事という大命題の中で興味より目先の職務を回すことに忙殺されて情熱を失ってしまったケースである。
- 能力格差に嫌気が差すケース
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30 歳くらいになると大概、新人や能力の足りないプログラマをある程度まとめつつ教育しつつプロジェクトを進めなければならない立場に立たされるが、これが結構なジレンマを産む。
特に独学、独立独歩で技術を学んで第一線に立ったプログラマにとって手取り足取り教えてもらうつもりの学生気分の連中には付き合いきれないものがあるし、自分なら短時間で片付けられる問題を何日も掛けられるのは腹立たしい。
しかも出てきた成果物が取り敢えず動く程度の物だと尚更で、その場で突っ込んで直させたいけど納期の問題でそれも出来ず、ジレンマは苛立ちに変わり、苛立ちがつのると嫌気が差す結果となってしまう。
これは技術志向の強いプログラマに多いケースと言えよう。
- そもそもプログラマに向いていなかったケース
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実はコレ、多くないか?
現在のプログラマは統合開発環境やデバッガの進化の恩恵や、ググれば出来の善し悪しは別としてもコピって動くサンプルに事欠かない環境を得ているおかげで、品質に拘らなければ実はそれなりの物が出来てしまうという環境に居るため、よほど適正がない人材でない限り―――非常に困ったことに―――最低限は勤まってしまったりする。
そのおかげで自分の能力を見誤ってしまうプログラマというのが殊の外多いのも事実であるが、そういうプログラマが自分の適正の不一致に気付き始めるのが遅蒔きながらこの 30 歳過ぎ辺りなのではないか?
ちなみに、能力的に衰えると考えるのは安直すぎると自分は考える。
そりゃ~手先が震えてメスが握れなくなったから引退した外科医とかの例は別としても、たかが 35 歳程度で仕事に支障が出るほど衰えることなどそうはないだろう。
もしそうであれば、熟達した技術職なんて物はすべからく幻の産物となってしまうに違いない。
プログラマの頭脳労働だけが寿命が短いなどと考えるのは暴論である。
さて、ここまでは割と個人に起因する問題を挙げてきたが、日本ではむしろ組織と業界構造に起因する問題の方が大きいと考える。
それを以下に述べよう。
- 組織論的にプログラマを辞めさせられるケース
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日本ではこのケースが最も多いのではないかと考える。
実は日本古来の年功序列と IT 業界の人月に関わる問題も 35 歳定年説に絡んできている。
年功序列だと年齢と共に給与が上がっていくが、プログラマの人月単価はそれをまかないきれるほど高くないのだ、単純に。
プログラマに専門職としての地位がある程度あるアメリカなどと違い、日本ではプログラマは使い捨て、消耗品の様な扱いを受けており―――胸に手を当てて思い返してみようね?―――当然その顕著な能力格差にも関わらず売価はおしなべて安い。
そうなると年齢の高いプログラマはコスト増で売れないし給料を払えないので、とっとと売価の高いシステムエンジニアとかマネージャになりなさい、ということである。
そう、どんなに技術力があっても、どんなに積極的かつ貪欲に最新技術に対応しても、給料が高いプログラマは喰わせられないのである。
つまり日本では、経験豊富で技術力が高い熟練プログラマは IT 業界の構造的な問題から存在すること自体が難しいのである。
(逆に歳ばっか喰ってて能力のないシステムエンジニアとかマネージャの量産体勢は整っているとも言えるからタチが悪い)
組織論的にプログラマを辞めさせられるケースの横行は、実は日本の IT 業界の技術的衰退を招いている最大の問題なのではないかと考える。
要は経験豊富で技術力が高い熟練プログラマが現場にいないため、高度な技術や最新技術に取り組む上で必要な盤石の基礎技術という物が無く、常に能力のないプログラマだけで現場が維持されることになる。
そこに技術の伝播など起こる余裕はないので、熟練プログラマであれば当然わきまえているイロハが欠落し、品質の低下も顕著となる。
つまり、本来プログラマによって支えられる筈の技術基盤がゴッソリと抜け落ち、IT 業界自体の空洞化を進めてしまうのである。
しかも昨今はオフショアが妙に持て囃されている節もあって、問題に拍車を掛けているから目も当てられない。
そして技術基盤の空洞化は上流工程にも当然のこととして伝播し、結果として上流も下流も出来ないただのブローカーの跋扈を許し、業界として消滅してしまうわけである。
(だってブローカーと分かっている業者を間に挟んで高コストにするより、直接海外の開発業者とやり合って適正価格で済ませた方が利口でしょ?)
プログラマ 35 歳定年説。
都市伝説のように語られる噂話ではあるが、この噂話は実は日本の IT 業界の衰退を予言しているのかもしれない。
そう考えると、なにげに恐ろしい説であるとは思わないか?
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