墜落日記 - 2009年9月14日の墜落
十字砲火を浴びる Google Books 和解案に見る、Google の企業としての問題点
Google Books 和解案に対して米著作権局長から反対意見が出たとのことだ。
10 日に開催された米国連邦議会下院の法務委員会での Google Books 和解案に関する公聴会で、米著作権局長 Marybeth Peters 氏から反対意見が出されたらしい。
いくつか捧持されている記事を読む限りでは、米著作権局長という立場として至極真っ当な反対意見に聞こえる。
ま~公聴会で米著作権局長が反対したからと言って即座に和解案が停止するわけでもないし、もしそうであれば米著作権局長の立場を再考した方が良いのだけど。
前にも何度か Google に自制心がないことを危険視する日記を書いたが、今回の件に限らず Google Street View の問題も含めて、今後議論が深まっていくことと思う。
端的に技術的視点から見るだけなら書籍の電子化というのも頷けるし、それが検索可能で、別の関連資料と紐付けて参照できるというのなら便利だ。
しかしそれは Google という一社が独占的にやって良いことではないし、著作権で守られた書籍を著作権者の事前の同意を得ずに勝手に電子化して良いかというと問題外。
絶版書籍の判断基準もまったくもっていい加減であると言わざるを得ないし、たかが一営利企業の和解案如きで世界に対して拘束力を持つ内容を含むというのは論外だ。
Google は電子化した書籍を「無償」公開するし電子化した書籍の販売を他社にも認める案を出しているのだから「独占」には当たらないとする一派もあるが、では Google 以外の営利企業に果たしてそれが出来るのか? という部分を考えてみて欲しい。
Google は検索市場で事実上の独占状態にあり、検索広告の分野でも高いシェアを誇っていて、何よりも収入源はソコにある。
Google の「無償」サービスは営利企業という側面から見れば全て広告収入のための布石であり、「無償」はタダの客寄せパンダに過ぎない。
つまり Google の「無償」は戦略であって、公共事業でもボランティアでもない純然たる営利企業の営利活動なのである。
そこに非常に強い権限で著作物の搾取を認めるかのような和解案を認めてしまえば、未来永劫に著作物は「無償」戦略の肥やしとして利用されてしまう。
「無償」という言葉に安易に踊らされてはいけないのである。
そして何より問題なのは、これも以前に書いたが Google の基本理念が「やっちまってから問題があったら対応しよう」という稚拙な意識にある。
そもそも Goole Books だろうが Google Street View だろうが、「やっちまってから」なんとかできる問題ではないし、そうであってはならない。
オプトアウトで対応するなどと言うこともあるようだがオプトアウトは文句が出たら対応するという対処療法であり、インターネットなど使わない人間の著作権やプライバシーは永遠に保証されないのである―――インターネット使わなければ Google なんて知らないでしょ?
ちなみに自分が Google Street View に勝手に映されてしまった私道の削除依頼を出した時は対応に1ヶ月かかった。
オプトアウト対応を明言するのであれば致命的な遅さであることは明白だ。
前述とも関連するが、通常 Google Books にしろ Google Street View にしろ、こんな馬鹿げた規模のプロジェクトというのは簡単にはできない。
それは初期投資であったり採算性であったり諸々の経済背景がそれを簡単には許さないからだ。
よしんば限定的に可能にはなったとしても、法務リスクを考えれば事前周知や理解を得る活動の類はきちんと行うのが通常だろう。
しかし Google は広告収入という巨大なキャッシュフローを得てしまっているため、充分な事前周知や理解を得る活動もせずに「取り敢えずやってしまう」ことが出来る。
しかも根本的な部分で「タダの技術屋集団」であるためか、インターネット外の世界に関してトコトンまで無頓着、無理解、もしくは無知であると言わざるを得ない。
悪く言えば一般常識が欠落したまま大人になってしまったオタクの様なものだ。
こういうコトを書くとアンチだなんだと噛み付いてくる輩も居る。
Google は技術志向の人々やインターネットに依存する人々からは一種の英雄のように祭り上げられている風潮さえある。
しかし企業規模から見ても市場独占力から見ても、最早 Google はかつての IBM や Microsoft と同様に語られて良い存在に育っているのだ。
ならば IBM や Microsoft と同様に論じられて当然だし、同じ事を Microsoft がやれば「悪の帝国」で Google がやれば「クール」だというのはあまりにも理性がない、ダブルスタンダードな物の見方と言えよう。
世界の名だたる企業の1つとして数えられるようになった Google には、企業規模に見合うだけの社会的な責任を果たす法人としての責務があり、社会的に通用する一般常識が備わっていなければならない。
それが無ければ叩かれるのは当然の帰結である。
Google Books 問題も Google Street View 問題も Google の企業として稚拙で未成熟な一面を浮き彫りにしているに過ぎない。
IT ベンチャーが世界をアッと驚かせばよい段階はとうに過ぎた。
Google は企業規模に見合った自制心を身に付けなければならないし、社会も Google の自制心なき行為が取り返しのつかない結果を引き起こさないように監視する必要があるのだ。
Google だけが聖域であってはならない。
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