墜落日記 - 2010年1月24日の墜落
「本気」と書いて「マジ」と読む、漢のマシン解体祭
昨日職場から持って帰ってきたテスト機×2と、自宅で眠っていたかつてのメインマシン、先代のマルチレイヤスイッチ機を解体した。
割と物持ちの良い自分、分解して出てきたマザーボードはちゃんと箱があったりして、我ながら嗤ってしまったが、
- マザーボード×4
- CPU×4
- 電源×4
- ケース×4
- メモリ×数知れず
- ハードティスク×数知れず
- ATAケーブル×数知れず
- SATAケーブル×数知れず
などが、ドカドカドカっと暴力的な感じで雄々しく積み上がった。
ついでに、100BASE-T の NIC を4ポート持っているネットワークカードが2枚も出てきたのはご愛敬か?
PLANEX FXP-4TX と、Matrox NS-FNIC/4 の両方なんて持ってる馬鹿はそうそういないだろ?(嘲笑)
ちなみに、AKIBA PC Hotline のお買い得価格情報 (2005年2月12日号) に、ぷらっとホームの Matrox NS-FNIC/4 が載っていたのは、私がぷらっとホームに並行輸入を強行させたからである(爆)
ありがとう、ぷらっとホームよっ!!
Matrox NS-FNIC/4 は滅茶苦茶に役に立ったぞっ!!
で、今回、まだ週末にワークステーションとサーバとモニタ×2が戻ってくるという危急の時なので、普段なら勿体ないと取り置いてしまう物でも容赦なく本気で処分に走ることにした。
そうしないと正直、本格的に部屋の容量と床の強度が怖いのである(汗々)
ただ、ちょっと良さげな Windy RA300 だけは取り置きと言うことで………
解体祭が一段落した時には夜になっていたので、売っ払うのと廃棄するのは次の日曜日の仕事とする。
サーバ機も金曜日に持って帰ってきて日曜日に売っ払う OR 廃棄なら、土曜日のウチに解体祭やれば間に合うかな??
ちなみに、前に解体祭した時には時間的余裕があったのでハードディスクはデータ消去を念入りにやったのだけど、今回は時間的余裕がないから物理破壊の方向で(汗々)
しかし、職場のマシンをバラしていると色々と思い出が走馬燈のように(死んでないけど)。
そもそも自分が職場マシンに自己投資を開始したキッカケは、最初の派遣だったかな?
新卒1年目の冬である。
派遣先はそもそもソフトハウスや SIer ではなく、建設業界の設計コンサルと、コンピュータ業界のコンサルが同居しているという面白い会社で、自分はコンピュータ業界のコンサルの方に派遣として入った。
で、最初にあてがわれたマシンが FUJITSU の Windows NT 4.0 Server マシンで、少なく見積もっても下手すっと 100 万円はいくような部署の虎の子。
なんちゅ~か、洒落にならない緊急事態であった。
色々と開発すると環境壊すなんてコトはよくある話し、サーバマシンでやるのは無茶苦茶怖いので DELL ノートを購入して持ち込んだ。
ただ、その時はまだコミケ出展なんかもしていたので、ディスプレイ用途も考えて私用の機体を仕事でも使っているという形態に過ぎなかった。
しばらくすると開発用ノートも買ってもらえたので、仕事は意識的にそちらでするようにした。
本格的に仕事環境を自前で揃えるようになったのは 2004 年夏の修羅場。
その修羅場ではそれなりに大きい JAVA 案件で、自分は否応なく中核の開発者になってしまった(自ら飛び込んだとも言う)のだが、その時に DELL ノートの能力限界が来た。
メモリ容量も、CPU 処理速度も、ハードディスク速度も、全てが手に手を取って自分の仕事の邪魔をしだしたのである。
その時に一念発起、溜まりまくっていた残業代を惜しみなく突っ込んで、当時としては最速に近い Prescott コア Pentium IV 3.2GHz、当時としては極端に大きいメモリ 2.0GB、その他もろもろがワークステーション一歩手前のハイパワーデスクトップを導入して、作業速度を劇的に向上させた。
ちなみに自分はその時に確信した。
「金で買える時間なら金で買え」(爆)
目の前の小銭をケチると人件費の方が高くつく(汗々)
その後は、なんか自分的にも意固地になっていた物があるかな?
転職した時に、流石にこのまま自己資産で仕事を続けるのはヤバイと新しい会社で作業マシンの申請をしたら、「資産管理上、一人一台だ」と素っ気ない回答。
その時の自分の仕事は客先を飛び回り、社内では重開発というスタンスだったので、パワーのあるデスクトップと持ち回るノートの2台体勢が理想的だったし、もしそれがダメだったとしてもパワーのあるデスクトップは必須だった(ノートは最悪私物でも)。
パワーのないデスクトップならサーバが必要になる。
しかしそのどれもダメとなると仕事が止まってしまうし、仕事が止まればお客様に迷惑を掛けてしまうわけで、否応なしに自己資産での仕事を続行せざるを得なくなった。
ここで一回諦めたから、もう会社には期待しなくなった。
くだらないことに時間を掛ければそれだけ人件費が高く付くし、お客様に対応する時間も圧迫される。
なにより自分の精神衛生上、非常に宜しくない。
その後、2008 年には巨大化する仕事用データベースを維持しきれなくなり自宅のワークステーションを更新したタイミングで先代ワークステーションを転用してデータベースサーバを投入した。
2004 年夏に投入した開発機は 2008 年末くらいには開発規模と言うよりも利用するソフトウェア類の肥大化により能力不足に陥り、2009 年から当時最新の Core i7 を投入した。
もう完全に会社に買わせるという発想自体が無くなっていた。
で、ISMS で会社資産の管理の徹底なんか始めた時なんかが傑作である。
自己資産には「青いシール」なんて変なルールが出来て、ISMS 管理担当者にその「青いシール」を貰いに行った時に、自分は容赦なく「6枚」と言い放ったものだから絶句された(笑)
まぁ~そんなこんなな、ほろ苦いトラウマに似た切ない思い出が蘇ってきて、ちょっと感傷に浸ってしまったりしたが(爆)
さて、売れそうな物はじゃんぱら辺りにでも売っ払うことにするか。
オークションは面倒くさいし、こんな型落ちは落札されるとも限らないし、そもそも時間的に余裕がない。
問題はどう考えても売れそうにない物の廃棄だが、前回に大量に廃棄させてもらった MURAOKA にでも持ち込もうか?
………って、物理破壊 2,100 円かよっ、たかっ!?
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